両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

令和3年7月5日、北海道新聞

子の連れ去り 規制賛否 現行法 明確な規定なく

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夫婦の一方が同意なく子どもを連れて家を出る「連れ去り」が問題になっている。家庭内暴力(DV)からやむを得ず避難する例がある一方、連れ去られた側からは「欧米の多くの国では誘拐行為。緊急性が高い場合を除き、日本でも違法化すべきだ」との声も上がる。背景には、日本では連れ去りであっても、「子と同居中である」ことが親権を得るのに有利とされる現状がある。当事者の思いや識者の見方を紹介する。

■当事者の女性「共同親権を」

 道央の30代女性、慶子さん(仮名)は1年ほど前、西日本に住んでいた時に幼い子どもを義父母と夫に連れ去られた。離婚を拒んでおり親権はあるが子とは月1回、数時間の面会交流でしか会えない。「私に育児放棄や浮気などはないのに、なぜ子どもと一緒に過ごせないのか。毎日がつらい」と話す。

■離婚せず耐える

 夫の故郷で結婚・出産。近くに住む義父母は頻繁に訪ねてきた。義母は「(嫁いだのだから)独身時代の家具は捨てて」「子ども用品は一番高くて良い物を実家に買わせて」など干渉が激しかった。要求を拒むたびに非難され、夫は義父母の肩を持った。慶子さんは「子どものために離婚したくない」と耐えていた。

 ある日、慶子さんが義母への不満を口にすると、激怒した夫からたたかれた。夫は義父母宅で暮らし始め別居状態に。直後に子どもが無断で連れ去られた。

 義父母宅に駆けつけた。「ママ」と呼ぶわが子の前で、義母は「他人の家に入らないで。うちらの孫だ。母親とか関係ない」と怒鳴った。夫は「おまえは必要ない」と言った。罵倒に耐えながら数時間交渉したが、引き返すしかなかった。

 その後も子を返すよう求めたが拒否された。連れ去りから数日後、夫から腕をつかまれ、子の親権者を夫とする離婚届に署名するよう強要された。「(拒否するなら)覚悟しとけよ」とすごむ義父。抵抗しきれず署名した。離婚届の不受理を役所に事前に申請していたため、無効となった。

 地元の警察にも相談した。「夫らが子の面倒を見てるんでしょ」と相手にされなかった。慶子さんは親戚を頼って道内に避難。子の日常の世話をする「監護者」の指定を求める調停や審判を家裁に申し立てた。録音していた暴言の一部も証拠として提出した。

 家裁が監護者に指定したのは夫だった。「妻の意に反し子の監護から切り離された。夫らに非難されるべき点はある」としつつも「違法な連れ去りではない」と結論づけた。高裁まで争ったが「夫らの方法は強引だが身の危険を感じさせる暴力や脅迫はなかった」と決定は覆らなかった。

■正義なんてない

 慶子さんは「私は精神・身体的暴力の被害者で夫らの行為は誘拐のはずなのに、裁判所は夫側を守った。正義なんてない」と憤る。

 月1回の面会交流は夫側の提案だ。ホテルの一室で手料理を食べさせたり、塗り絵をしたり。「一緒に暮らしていた時と同じようなことをしたい」。夫側は「離婚に同意すれば面会交流時間を延ばす」と持ちかけてきた。慶子さんは応じず、面会交流の回数増を求めて調停を行っている。

 自分1人だけで養育したいとは思わない、と慶子さんは言う。日本は離婚後、父母のどちらかが親権者となる単独親権制度の国だ。慶子さんは共同親権なら、夫らが強引に子どもを奪わなかったのではと考える。「両親から愛されるのは子どもの権利で、それを軽視する日本はおかしい」

 親に子の奪い合いをさせる単独親権は、もう終わりにしてほしい。切に願っている。

■法規制求め仲間と団体設立へ
 SNSで体験発信する元プロ棋士・橋本崇載さん

 将棋の元プロ棋士(八段)で4月に引退した橋本崇載(たかのり)さん(38)=東京=は、自身が体験し引退理由にもなった「連れ去り被害」を会員制交流サイト(SNS)で実名で発信している。「同じ目にあう人をなくしたい」と国に法規制を求める団体をつくる考えだ。

 2年前の7月、橋本さんが東京での対局を終え滋賀県内の自宅に戻ると、生後4カ月の一人息子と妻の姿がなかった。それ以来、息子とは会えていない。妻が家を出る前日、橋本さんが「自転車で転びケガをした」と連絡したところ妻に「自業自得」と返され、ケンカになっていた。妻に話し合いを呼びかけると、弁護士から離婚や慰謝料を求める書類が届いた。

 息子の監護者指定を巡る裁判や審判で、妻は橋本さんから日常的に暴言を受けたと主張。裁判所は妻の監護権を認めた。橋本さんは「暴言も暴力も浮気もない。対局がない時は毎日息子を風呂に入れた。なぜ息子と会えなくなるのか」。いまも離婚はせず親権を争い続ける。

 対局では集中力を欠き勝てなくなった。街で親子を見かけると立ちくらみし、鬱(うつ)の診断を受け昨年10月から公式戦を休場していた。

 「連れ去り容認の現状はおかしい。世間に問いかけ国と戦おう」と決め、引退直後から動画共有サイトのユーチューブで体験談を配信。短文投稿サイトのツイッターにも投稿した。反響が広がり、ユーチューブは一時2万人以上が登録しツイッターは約1万2千人がフォロー。メディア取材が続き、国会の委員会では議員が、橋本さんの例を挙げ法相の見解を求めた。

 投稿動画は20本を超し、同様の体験をした人から相談を受けるようになった。「子どもと会えず絶望して自殺した人もいると聞いた。これは命に関わる問題なんです」と強調する。橋本さんは近く、連れ去りの違法化や共同親権を目指す法人を仲間と設立する。連れ去りの主な理由とされるDV被害については、捜査の義務付けを求めるという。

■調停・審判 10年で倍増 国の責任問う訴訟も

 2020年の司法統計(速報)によると、全国の家庭裁判所で新たに受けた子の引き渡しに関する調停は1578件、審判は2462件で、いずれも10年前の約2倍に。昨年2月には、連れ去りを国が規制しないのは違法として、子と別居中の親14人が計約150万円の国家賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。14人のうち2人は母親だ。

 訴状によると、原告は裁判所が子を連れ去った親に監護権を認めたため子に会えなくなったり、会えても月数時間だったりして、親が子を育てる権利を侵害されたと主張。両親双方から監護を受ける子どもの権利も侵害したとしている。

 原告代理人の作花(さっか)知志弁護士は問題点として《1》裁判所は今の育児に支障がないとみなせば同居親に親権を認める《2》日本は連れ去りに刑事・民事とも罰則がなく、別居親が子を連れ戻すと逮捕される《3》面会交流について誰が誰に求めるか規定がない―の3点を挙げる。

 作花さんは「父親による連れ去りも約2割あるとされる」とし「日本は、国境を越えて連れ去られた子の返還を定めるハーグ条約に加盟し、国連子どもの権利委員会からハーグ条約に合わせ国内法を改正するよう勧告も出ている。国会には連れ去りを防ぐ立法義務がある」と強調する。

 被告側の法務省担当者は取材に「国の主張は裁判の中で尽くしたい」とした。

■DV判断 基準が必要
 小田切紀子・東京国際大教授(臨床心理学)

 連れ去りは欧米の多くで誘拐とされ刑事罰の対象になる。日本では、まずDVの有無について判断基準を作るべきだ。これがないことが、連れ去りが起きる大きな要因となっている。

 私がかかわった事例で、別居中の父親に「絶対会わない」と拒んでいた小学生の男児がいた。心理ケアの一環で一緒に卓球をしたら「やり方はパパに習った。卓球もテニスも上手なんだよ」と話した。本当に嫌いなら、そんな発言はしない。児童心理の専門家が、別居直後に子の気持ちをじっくりと聞く制度が必要だ。

 各種研究によると、別居親に会えない子どもは自己肯定感が低い傾向にある。米国のほぼ全ての州は離婚する夫婦に、子への影響を学ぶ研修の受講と、面会交流や養育費について定める養育計画書の作成を義務づけている。日本でも、それらに予算を割くべきだ。

■親権のあり方 柔軟に
 清末愛砂・室蘭工大教授(憲法学、家族法)

 DVは本当に多いのに、被害者が最終手段として子連れで逃げても「連れ去り」と批判する論調がある。DVの訴えを虚偽とみなす人がいるのは極めて残念。DV被害者にとって「うそ」との主張は言葉の暴力であり、即刻やめるべきだ。

 共同親権か単独親権かの二者択一の議論には疑問を感じている。個々のケースに合わせた柔軟な親権のあり方が求められる。

 面会交流は子どもの権利で子の意思が最優先。親子の別居後に面会交流を一律前提とする考え方は問題だ。ただ、争いが激しい離婚だと同居親に配慮し本音を言えない子もいる。意思表明を手助けする子どもの手続き代理人制度の充実や、成長とともに変わりうる子の意思を継続的にフォローする仕組みが欠かせない。

 そうした議論がない段階で共同親権について考えるのは時期尚早ではないか。

■違法化 DV被害者に命の危険
 札幌の支援団体「女のスペース・おん」・山崎菊乃代表理事

 「連れ去り」の違法化には反対も根強い。DVの被害女性を支援する札幌のNPO法人「女のスペース・おん」代表理事の山崎菊乃さん(63)は「子どもを置いていけないDV被害者は逃げられず、命の危険にさらされる」と懸念する。

 自身も子連れ避難の経験者だ。かつて元夫と埼玉県で暮らしていた。山崎さんが実家からコメをもらうと、「稼ぎが悪いとばかにしてるのか」と殴られた。翌日、元夫は土下座し謝ってきた。その後も暴力は続いたが「母子家庭は大変だから」と離婚しないでいた。

 その後、元夫の実家がある旭川へ。ある日、弁当のコロッケ用ソースがなくケチャップにしたら、元夫は「ばかにしてる」と殴ってきた。中学生の娘が元夫に包丁を向け「やめて!」と叫んだ。「私の我慢が子どもを傷つけた」。山崎さんは避難を決意、3人の子と札幌の女性シェルターに入った。元夫は警察に捜索願を出し「妻が子を連れ去った」と主張したと聞いた。

 自身の体験やDV被害者の支援を通し山崎さんは「子連れの避難は誰もが必死。子どもの環境を変えてでも逃げざるを得ない理由がある」と確信している。

 DVの捜査義務化を求める声について山崎さんは「加害者の報復が怖かったり、子の親を犯罪者にしたくなかったりで、警察に通報せず逃げる人は少なくない」と有効性に疑問を持つ。

 DV防止法で加害者への処罰が保護命令違反しかないのは不十分だとも指摘。「加害者の多くは『自分は何もしていない。子と会えない自分こそ被害者』との意識を持ち続ける。諸外国のように、悪いことをしたと気づかせる更生プログラムが必要だ」と訴える。

 山崎さんは元夫と子の面会交流を認めていた。元夫は子との会話で住所を絞り込み、山崎さん宅まで来た。ただ、山崎さんが毅然(きぜん)と対応すると高圧的な態度が変わった。「面会交流はDV被害者の恐怖が消えてから始めるべきで、子の意思が最優先。同居親の下で安心できる場を設け、初めて自由に意見を言える。子の思いをくみ取る専門家の育成が重要」と強調する。(編集委員 町田誠)

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