令和2年7月26日、47NEWS
日本人の子ども連れ去りは国ぐるみの誘拐? 批准した国際条約、国内で適用せずは許されるのか
日本は1994年に国連の子どもの権利条約を、2014年にハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)を批准した。だが、その適用が不十分で法や制度を整備する努力を怠っていると、国際社会から強く批判されている。7月初め、欧州議会で採択された、EU籍を持つ子どもを日本人の親が連れ去ることを禁止するよう求める決議もその一つだ。だが、国際社会で広く知られるようになった「日本人による子どもの連れ去り」は、日本国内でほとんど報じられず、従って知られていない。日本政府は「国内案件は国内法で公平かつ公正に対応しており、国際規約を遵守していないという指摘はまったくあたらない」という。批准した国際法が国内で反映されていないことが問題とされているのに、政府はまるでわからないようだ。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)
▽子どもの連れ去り方を大使館と日弁連が指導?
「パリでおかしなセミナーがあったのよ」。パリ在住の友人に教えられたのは、1年以上前のことだ。聞けば、いかにうまく子どもを連れ去り、ハーグ条約による子どもの返還裁定を回避できるかについて、具体的なテクニックを伝授するものだったという。耳を疑った。
彼女が送ってくれた「国際結婚に伴う子の親権(監護権)とハーグ条約セミナー開催のご案内」という文書の発信元は在仏日本大使館。18年5月15日、外務省と日弁連の共催でセミナーは行われた。録音データは、アメリカの非営利団体BacHomeのサイトで公開されているので、誰でも検証できる。
聞いてみると、驚くほど具体的で戦略的なアドバイスだ。ハーグ条約適用で返還になるのは気の毒だと決めつけ、たとえば、子どもの返還を免れるには、DVを理由にすることが有効だが、DV被害者を保護する制度がよくできているフランスのような国だと通りにくいので、度重なる警察介入や被害治療の履歴、シェルターが満員で入れなかったなどの証拠を周到に準備してから連れ去るのがよいなどと続く。
ここでいう「連れ去り」とは、英語でいうアブダクション。国際社会では「誘拐」「拉致」のことを意味する違法な犯罪行為なのに、だ。そんな馬鹿な。これでは、国ぐるみ、法曹ぐるみの国際条約違反ではないか。
▽国と裁判所に整合性がない
調べていくうちに、日本で行われた二つの記者会見の動画を見つけた。日本国内で、日本人妻に幼い子供たちを突然連れ去られてしまったという欧州の男性、フィショー氏(フランス人)とペリーナ氏(イタリア人)の2人 が、彼らの顧問弁護士、調停員も務める心理学者らとともに、外国人記者と日本人記者向けに別々に行ったものだ。きっといい加減なDV男なのだろうと勝手な先入観を持ちがちだった筆者は、記者会見の録画を見て考えが変わった。彼らの話からは現実を理路整然と説明する知性と、子どもへのほとばしる愛情が態度や言葉の端々に感じられたからだ。直接コンタクトして話を聞いた。誰もが知る国際企業に勤務し、日本が好きで永住権も取得しているという。彼らこそが、欧州議会の決議につながる請願をした4人の欧州人当事者のうちの2人だった。
2人の顧問を務める上野昇弁護士は、子どもが関わる別居や離婚の家裁案件に数多く携わり、自身も「連れ去られ」の当事者だ。上野弁護士によれば、日本では「先に連れ去った者勝ち」が横行し、その理由にDVをあげていることが多い。実際、家裁案件となった連れ去りのうち70~80% が実際にDVから逃れるためとしているという(実際に認められるのは1割に過ぎない)。
たとえ言いがかりでも、DVを理由とすれば、審議にかなりの時間がかかる。その間、子どもは連れ去った親とともにその実家などで生活することになるので、最終的に嫌疑が否定されても、裁判官は「継続性原則」によって、連れ去った方の親だけに子どもの監護権(離婚の場合は単独親権)を付与し、もう一方の親は子供から遮断される。一つ屋根の下に生活する家庭から、一方の親が独断で子どもを連れ去るのは「家庭の問題」とされ、どんなに警察に訴えても相手にしてもらえない。ところが、いったん連れ去った親と子どもが共に住み始めた実家や別の所帯に、もう一方の親が立ち入ろうとすれば、それは家の外の人間として犯罪に問われるのだとも。
「まだ婚姻関係にあって、求められた生活費も払い続け、法律上も親権を持ち、犯罪者でもない私と、実の子どもが接触することすら許されない。私が会いに行けば、警察に捕まる。調停で決められた月2時間の面会も3回目以降は一方的に無視されたまま、3年たってしまった…」と記者会見の場でペリーナ氏は悲痛な声をあげた。「いっそ、犯罪者となって投獄されれば、子供たちに30分でも毎日接見できるというのに」とフィショー氏はつぶやいた。
記者会見動画はこちら
→https://youtu.be/DJZ_Q7wpHZo
日本は国家として批准している『国連の子どもの権利条約』を、国内での別居親の親権や監護権に適用させていない。記者会見では、上野弁護士ばかりでなく、衆議院議員で弁護士の串田誠一氏も、明らかな条約違反なのに日本の裁判所もそのことを考慮せずに判決を出していると指摘した。串田氏はその理由を「司法試験には国際条約は出ないから勉強しないし、国際条約と国内法をひも付けする仕組みもない」と説明する。東京地裁の前澤達郎裁判官は19年11月22日の判決で、国連の子どもの権利条約は、「国内において適応可能なものとは言えず、あくまで子の面会交流の権利を「尊重」する旨約(やく)したものに過ぎない」(判決文通り)としている。
一方、ハーグ条約は、一方の親がもう一方の親の同意なしに16歳未満の子どもを連れて国境を越えた場合、子どもは生活していた元の国に戻すことを定めたものだ。両親の国籍が同じでも異なっても、定義上「国境をまたぐ案件だけ」が対象となる。
近年では確かに同条約を遵守した「返還」審判が下されることが多くなってはいる。だが 、上野弁護士によれば、それを実行に移す制度がないために執行不可能となることが大半という。
歴代の法務大臣は国会答弁で「連れ去り勝ち」を問われて何度も否定している。欧州議会の決議を受けて、茂木外務大臣は、「ハーグ条約の対象とならない国内事案については、国内法制度に基づいて、公正かつ適切に対応しており、(中略)国際規約を遵守していないとの指摘はまったく当たらない」と答えている。「国が国際条約に批准しても、国内に適用させる国内法がなければ裁判所は考慮しない」と上野弁護士は吐露した。
▽国際社会では通用しない日本の通念
東京国際大学の小田切紀子教授は、日本国内で年間約22万件起きていると言われる離婚・離別の6割で、子どもたちは片方の親との接触をほぼ完全に遮断されているという。外国人が関わるのはそのごく一部に過ぎないが、外国人労働者やインバウンド旅行者を国策として受け入れていくなら無視はできない。日本では長年「仕方がない」ですまされてきた社会通念は、国際社会の人権や公平性の基準からは許されるはずはない。
記者会見は、この社会通念を変えていくために、メディアの協力を働きかけようとしたものだった。これを受けて、数多くの外国人ジャーナリストによる記事が世界を駆け巡り、新聞、雑誌、テレビでこの問題が扱われた。筆者が見たフランス国営テレビのドキュメンタリー番組「特派員」も、イタリアのTVでのトークショーもその一部。世界のメディアは今も国際世論に訴え続けている。
フランスやイタリアやドイツの首脳はこれに注視して、外交の場で安倍首相や大使に直接要請し始めた。欧州議会が立ち上がった。国連人権委も動き始めている。だが、昨年4月の記者会見を受けて、日本メディアが取り上げた例はなかったという。
日本のメディアや市民は両論併記を好む。だが社会的に明らかに弱き者の権利や公平性を語る時、反対意見を併記する必要はないと筆者は感じてしまう。アメリカにおける黒人差別反対をきっかけに今や全世界な広がりを見せる反差別を求めたBLM運動(Black lives Мatter)を伝える時、白人至上主義者の言い分や「誰の命も大切」という平等論を併記するだろうか。子どもの権利も同じではないか。夫婦喧嘩も離婚も、国内か国際かの区別も「大人の都合」だ。その弊害に子どもをさらさないよう、全ての大人は「子どもの最善の利益」を中心に努めよと、子どもの権利条約は規定し、日本はこれを批准している。
フィショー氏とペリーナ氏に「それでも日本が好き?」と問いかけてみた。するとこんな答えが返って来た。「かつては親切で正直な日本人とその社会が大好きだったけれど、その幻想は壊れてしまった。それでも、ここで踏ん張っているのは、愛する子どもたちのため。子どもたちを母親や祖父母、友達や学校やそういった全てから無理やり引き離すつもりは毛頭ない。連れ去りはどちらがやっても、子どもにとって重大なトラウマになってしまうから。両方の親とそれぞれに愛情豊かなコミュニケーションがとれて、親密な関係が築けるように、僕らは日本に住み続ける」
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