両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

平成29年3月14日、SYNODS

日本における子供の貧困を人的資本投資、共同親権の側面から考察する

畠山勝太 / 国際教育開発

図、注釈、参考文献はこちら を参照ください。

2.なぜ日本の子供は貧しいのか?
 
2.1 若者の貧困
 
前述のとおり、日本における子供の貧困の原因は、子供が暮らす家庭の貧困、すなわち親世代である若者の貧困にある。もちろん、少子高齢化が進む日本では高所得の高齢者の存在が貧困ラインを引き上げ、若者が貧困ライン以下でカウントされやすいという事実はある。
 
しかし、国税庁の民間給与実態統計調査の結果によると、事実としてこの20年間を見ても、20代の年収は減少している(20代後半だと、平成9年の373.4万円を頂点として、平成26年には343.5万万円へと下落している)。ではなぜ日本の若者は他の先進諸国と比べて貧しいのかというと、その一因として彼/彼女らに対する人的資本投資が十分に行われていない点を挙げることができる。

上の図6は、OECD諸国の高等教育総就学率を示している。日本の高等教育総就学率は先進国の中では低い方に位置しており、若者は十分な高等教育を受けられていないことが読み取れる。アメリカイギリスでは、労働者に求める教育水準が中等教育修了で十分で、かつ肉体的な強靭さが求められるため労働者の多くが男性であった第二次産業から、労働者に求める教育水準が高等教育修了程度で、かつ肉体的な強靭さが求められない第三次産業へと主要産業が移行した際に、男性の教育水準がそれほど上昇しないという男子の落ちこぼれ問題が発生した。しかし日本の場合、国全体でこの落ちこぼれ問題を起こしている状態にあり、子供の親世代の貧困の一因になっていると考えられる。

そして上の図7は、OECD諸国の期待教育年数を示している。図6で示したように日本は高等教育の就学率が低く、結果として期待教育年数も先進国の中では低い方になっている。特に日本の16.4年という値は、先進国の上位グループから2年近く差をつけられている状態であり、若者の平均教育水準を見た時に、大学院を誰も修了していないのと、全員修了しているぐらいの差が存在していることを意味している。
 
幼い子供たちの親は、この若者たちである。つまり、日本は先進国としては若者の教育水準が低く、人的資本蓄積が低水準にとどまっていることが、日本の子供の貧困の一因となっていると考えられる。
 
 
2.2 ひとり親家庭の子供の貧困と養育費問題
 
日本の子供の貧困を考えるときに、親世代の低い人的資本水準に加えてもう一つ考慮しておくべきものがある。それはひとり親世帯の子供の貧困である。OECDの家族データベースによると、OECD諸国のひとり親世帯の相対的貧困率は、その親が仕事をしていない世帯では平均62.6%、仕事をしている世帯では平均20.0%となっている。これに対して日本のひとり親世帯の貧困率は、厚生労働省の最新の国民生活基礎調査の結果によると54.6%、総務省統計局の最新の全国消費実態調査の結果によると60.0%である。日本のシングルマザーの労働参加率は80%超(厚生労働省平成23年度全国母子世帯等調査)と先進国の中でもトップクラスであるにもかかわらず、貧困状況は先進諸国の働いていないひとり親世帯のそれとほぼ同程度となってしまっているのだ。
 
もちろんこれには、ひとり親世帯の親の教育水準が低い傾向があることや、日本の労働慣行がひとり親には厳しいことなど様々な要因を挙げることができるが(これらも字数の関係で本稿では割愛し、また別の機会に論じることとする)、その一つとして日本のひとり親世帯の養育費の受け取り率が低いことと共同親権が導入されていないことも挙げることができる。
  
前述の全国母子世帯等調査によると、日本のひとり親世帯の養育費受け取り率は、平成18年で19.0%、平成23年で19.6%となっている。これに対して上の図8はOECDの家族データベースに掲載されている2000年段階での他国の養育費受け取り率を示している。日本の現状と図8を比べると、日本の養育費の不払い率が先進国の中では高いことが読み取れる。
 
この養育費不払い問題には三つのアプローチが存在する。一つ目は政府が養育費を強制徴収する方法であるが、これを運営するためには高い行政コストが必要なのに対して回収率が見合わないという問題がある。もう一つは政府が養育費を立て替え払いする方法であるが、これが実施されているのは高負担高福祉型の国であり、高負担型の国ではない日本ではこのスキームの持続可能性に疑問が生じる。これらの他に、離婚の際の養育費の取り決めの義務化と共同親権の導入という方法も存在する。
 
日本の離婚の大半は裁判所が関与しない協議離婚であるが、この際に養育費の取り決めが曖昧なままとなり、そして親権がどちらかの親に与えられるため、与えられなかった親にとっては養育費が子供との面会を得るための手段に過ぎなくなり、結果として面会も出来ず養育費も不払いとなるケースが見られる。このような状況に対処するために共同親権の導入が検討される必要がある。以下では、アメリカでなされてきた研究の数々を紹介することで、日本での共同親権導入のインパクトについて示唆を得ることとする。
 
アメリカでも1960年代までは、現在の日本と同様に、離婚後の親権は主に母親側に与えられていた。しかし、70年代になると情勢が一変し、各州で共同親権が取り入れられた。しかし、州によってこの共同親権を導入するタイミングにバラつきが生じたため、このバラつきを利用した自然実験によって、共同親権の導入が与えるインパクトが分析された。
 
共同親権の導入は離婚後の養育費の支払いに影響を与えるが、これは一見すると共同親権導入そのものの恩恵によるものか、それともそれによる養育費徴収の強化によるものなのか判別がつかないため、日本の状況に対する政策的示唆を得ることは難しい。
 
しかし、パネルデータを用いてどちらが正しいのか検証したNepomnyaschy (2007)によると、このどちらの影響も存在している。すなわち、共同親権の導入によって離婚後の父親の子供との面会頻度が上昇し、このことが子供に対する親近感を失うことを抑止し、子供が金銭的に困らないように養育費を確実に支払うようになる。また、養育費を徴収されるようになると、支払った養育費が離婚した母親によって子供のために適切に使われているのかモニタリングする誘因が発生するため、子供との面会頻度が上昇するというわけだ。
 
一方、共同親権の導入がどの程度養育費の支払いに影響を及ぼすかについては、Allen et al. (2011) の推計によると、離婚後のシングルマザーが養育費を受け取る確率を8%程上昇させることが分かっている。
 
そして、養育費の支払いは単純にシングルマザー家計の貧困を緩和するだけでなく、この家計に属する子供の貧困を人的資本投資の増加という形で緩和することにつながる。なぜなら、養育費は他の所得源と比較したときに、より子供のために使われるという性格を持ち合わせており、養育費によって福祉の対象から抜け出せることでそこに伴うスティグマから抜け出せるからである。
 
これは具体的にどういったことかというと、日本の生活保護世帯の子供の大学進学が分かりやすい例となる。現在の日本では、子供の大学の授業料は生活保護の減額対象となるなど、いかにも教育を重視していない国らしい、人的資本投資という側面を無視した福祉行政が取られている。この行政制度もさることながら、生活保護世帯の子供が大学へ行くなんて贅沢だという残念な世論も見られる。この結果、「世帯分離」を取ることによって生活保護が減額されることなく奨学金で大学へ進学するという方法があるにもかかわらず、生活保護世帯の保護者と子供は、自分たちが大学へ行くのは贅沢・世間に申し訳ないという意識から、大学進学という選択肢を取らず就職を選ぶケースもありうる。
 
これが、福祉の対象となるスティグマであり、そしてそのスティグマが人的資本投資を阻害するケースである。そしてこれは大学進学以外にも発生しうる事象で、例えば生活保護世帯の中学生が塾に行くのは贅沢だ、小学生が博物館に行くのは贅沢だ、幼稚園児が絵本を買ってもらうのは贅沢だ、という福祉の対象に入ることによるスティグマが存在すれば、教育の投資収益率が高い早期の段階においても人的資本投資が阻害されてしまう。ところが、養育費の受け取りによって福祉の対象から抜け出せば、言及したようなスティグマから自由になることができ、生活保護による収入増加と養育費による収入増加の額が等しかったとしても、後者の方がより人的資本投資にリソースが割かれるようになるということである。
 
実際に、離婚したシングルマザーが父親による自発的な養育費の支払いを受け取っている場合、所得が上昇する効果以上に、養育費の受け取りは子供の言語能力などの学習成果を向上させることが分かっている(Argys et al. 1998)。さらにBaughman (2014)は、養育費の受け取りは健康保険への加入を促し、健康状態そのものも改善することを見出した。これらは先にも言及したように、支払われた養育費が子供のために使われているか離婚した父親による監視の目が入るため、その他の収入源によるリソースと比べてより子供のために使われる、すなわち子供の人的資本投資に回されるからである。
 
以上のことから、共同親権を日本に導入した場合に子供の貧困に対していくつかの政策的な示唆を導き出すことができる。まとめると、日本のシングルマザーの子供の貧困の度合いは深刻だが、この一因として、養育費の受け取り割合が低いことが挙げられる。共同親権の導入によって養育費の受け取り割合が上昇すれば、現在のシングルマザーの子供の貧困問題が緩和されるだけでなく、教育や保健といった人的資本投資が増加することで、未来の子供の貧困問題も緩和されることが考えられる。
 
しかし、注意しておきたいのは、共同親権の導入は現在婚姻関係にある男女間の力関係に影響を及ぼすということだ。たとえばアメリカでは共同親権の導入によって、婚姻状態にある母親の労働参加率が上昇し(Nunley and Seals 2011)、労働時間も増加したことが分かっているが(Altindag et al 2015)、これは共同親権導入以前は離婚後に父親が子供に会えなくなるという脅威の存在が婚姻状態にある母親に交渉力を与えていたが、共同親権導入後はこれが消滅するため、婚姻状態にある母親の交渉力が低減した結果だと考えられている。
 
前述の影響は女性の労働参加を促進するので好ましいものではあるが、好ましくない影響も存在する。一般的に母親の方が父親よりも子供の教育を重視するため、共同親権導入による父親側の家庭内の資源配分に対する権限強化は、私立学校への進学といった子供への教育投資額を減少させることも分かっている(Nunley and Seals 2011)。
 
また、日本の離婚理由では、身体的な暴力、精神的な虐待が少なくない割合を占めている。共同親権導入による男女間の力関係の変化は離婚前においてはDVの発生件数の上昇などの影響が考えられる。また、面会機会を契機としたストーカー殺人事件なども報告されているため、暴力や虐待により離婚した元夫婦が共同親権を持つことの危険性も考慮される必要がある。養育費の不払い問題に対処するための共同親権の導入には上記のような問題が存在するため、導入を考えるのであれば、事前に様々な対処策を講じておく必要がある点は見過ごされてはならないであろう。
 
 
3.なぜ政府は子供の貧困問題の解決を優先すべきなのか?
 
ここまで議論してきたように、日本の子供の貧困率は高く、これを阻止するためには人的資本投資の増加、制度の改善などを行う必要があり、政策的優先順位は高いと考えられる。なぜなら、子供の貧困は過小な人的資本投資を招いてしまい、将来の貧困の原因になるだけでなく、国の経済発展の足かせになる可能性があるからである。
 
日本財団子供の貧困対策チームによる『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』(文藝春秋)は、子供の貧困が招く過小な人的資本投資によって、具体的にどのような経路を辿って、どの程度の経済損失が発生するのかを推計している。この本はそれ以外にも子供の貧困について具体的な事例や解決策の提示などを行っているので、ぜひ一度目を通して頂きたいが、ここでは経済損失の部分について紹介したい。
 
日本財団子供の貧困対策チーム(2016)によると、例えば非貧困世帯出身の男性の最終学歴が中卒であるのは4.6%であるが、貧困世帯出身の男性のそれは23.8%と5倍近い差が存在したり、非貧困世帯出身の男性の最終学歴が大卒であるのは45.0%であるが、貧困世帯の男性のそれは15.0%と非貧困世帯の1/3に留まっているなど、貧困世帯の子供が受け取る人的資本投資の少なさが、人的資本投資のアウトプットの格差を引き起こしている。この人的資本投資のアウトプットの格差によって、両者の間にはアウトカムレベルで「就業率」「雇用形態」「同じ雇用形態間での所得格差」の3つの格差が生まれる。
 
この3つの格差は貧困家庭出身者の生涯所得を平均して1600万円程度押し下げ、政府に対しても、貧困家庭出身者一人当たりに追加的に600万円の支出増/収入減という影響を与える。これを子供全体の6人に1人の割合で当てはめると、個人所得が40兆円減少し、政府も16兆円の損失を受けることとなる。そして、この推計値は治安への影響を除外しているなど過小な人的資本投資が招く悪影響の全てを網羅しているわけではないことを考えると、いかに子供の貧困が招く人的資本の過少投資の影響が大きく、政府にとって優先順位の高い政策課題であるかが分かるかと思われる。
 
 
4.まとめにかえて――日本は子供の貧困を克服することで日本を取り戻せるか?
 
20年前の日本は、GDP世界一のアメリカに迫る世界の超大国であり、途上国支援のODAの額も世界一であった。しかし、現在の日本はGDPで2位の座を中国に譲っただけでなく、既に倍近い差を付けられている。国民一人当たり所得で見ても、既にOECD諸国の中でも下位に位置し、イタリアなどと同程度の水準となっている。そして、ODAの額も4位へと転落し、5位フランスに肉薄され逆転されるのも時間の問題となっている。
 
日本が超大国の座から転落しつつあるのにはもちろん様々な理由があるが、その一つに子ども・若者政策の失敗が挙げられる。日本は高等教育への公支出が少なく、若者の所得が伸びなかった。30代男性の1/3の所得が300万未満で、そのうちの2/3が未婚という現状が象徴するように、若年低所得層で未婚率が高く、出生率も改善しなかった。そして、生まれてきた数少ない子供たちが貧困に陥らないような制度整備も不十分で、人的資本蓄積のために最も重要な時期に十分な投資が行われてこなかった。この結果、稼ぎ手の数が少ないにもかかわらず、その稼ぎ手達が十分稼げず、日本は超大国の座から転落しつつある。
 
高負担・高福祉型の社会であれば、全ての人達に手厚い対策を施すことができたであろう。しかし、残念ながら日本は高負担型の社会ではないため、手厚い対策を施せる対象が限定された。ここで、未来の稼ぎ手となる子供・若者が対象として選ばれていれば、日本がここまで転落することはなかったのかもしれない。世代間対立を煽りたいわけではないが、現実は高齢者に対する支出はGDPの約11.2%にも上るのに対し、子供を含めた家族へのそれはわずか約1.3%であった。
 
「日本を取り戻す」という陳腐なスローガンをよく耳にするが、超大国の座を取り戻すためには、まず稼ぎ手の数を確保し、そしてその稼ぎ手達が十分に稼げるよう、子供・若者の貧困問題に取り組み、人的資本を質量ともに充実させる必要がある。
 
そのためには、高負担・高福祉型社会へ転換し、手厚い対策を施せる対象を拡大させるか、あるいは現行の高負担型ではない社会を続けるのであれば、手厚い対策が施される対象を子供・若者へとシフトする必要があるだろう(日本の人口ピラミッドと票田を考えると後者の方が実現可能性は低いのかもしれない)。いずれにせよ、「日本を取り戻す」ためには政治的に大きな決断が必要とされている。
 
図、注釈、参考文献はこちら を参照ください。

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