両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

平成30年1月7日、読売新聞

「10歳の壁」から貧困家庭の子どもを救え

 貧しい家に生まれた主人公が苦学して成功する物語は多いが、現実は厳しい。小学校4年(10歳ごろ)時に、家庭の貧富の差による「学力格差」が急拡大する傾向があることが、日本財団などの調査でわかった。貧困家庭の子どもが大人になっても貧しさから脱することができない「負の連鎖」の一因とも指摘される。分析調査を行った日本財団職員の栗田 萌希(もえき)さんが解説する。

家庭の経済状況は子どもの学力に大きく影響する(写真はイメージです)

◆授業についていけない
 生活に困窮する家庭の子どもたちに食事を提供したり、勉強の手助けをしたりするボランティア活動が各地で行われている。日本財団も、そうした子どもたちに食事や学習など包括的な支援を行う児童施設を運営しているが、そこには様々な事情を抱えた子どもたちが集まってくる。

 ある小学4年の男子児童は、両親の離婚をきっかけに生活保護を受給する母親と2人暮らしになった。最近、学校の授業に「まったくついていけない」と話し、宿題や課題をすべて投げ出してしまっている。

 漢字の読み書きや四則計算などの基礎を身に付けていないため、考えること自体が面倒になっているようだ。

 同じように母親と2人暮らしの小学1年の男児もいる。父親とは死別し、今年の夏ごろから施設に通うようになった。

 こちらは生活面での課題が目立つ。深夜遅くまでゲームに熱中して睡眠時間が極端に短く、朝食はほとんど食べない。話すときは、友人たちにも大人にも命令口調だ。一般的な家庭なら「しつけ」を受けて身に付くはずの生活習慣や社会性が、欠けてしまっているのだ。

◆子どもの成績を左右する「貧富の差」
 厚生労働省が今年6月に発表した2015年の「子どもの貧困率」は13.9%。7人に1人の子どもが生活に困窮している状況だ。前回調査(12年)の16.3%からは改善したが、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均を上回り、シングルマザーなどの「ひとり親世帯」に限れば50.8%に達していた。

 ここで言う「貧困」とは、生きるために最低限必要な衣食住が不足している状態(絶対的貧困)ではなく、普通の生活を送るためのお金が十分にない状態(相対的貧困)を指す。具体的には、国民一人ひとりを所得の順に並べ、その真ん中に来る額(中央値)の半分に満たない額での生活を強いられている状況だ。15年の基準では、年122万円以下の生活水準がそれに該当した。

 家庭の経済状況は、子どもの学力に大きく影響する。お茶の水女子大が14年に行った全国学力テスト(小学6年・中学3年生)の分析では、世帯所得が最も低いグループの子どもと、最も高いグループの子どものテストの正答率の間には、約20ポイントもの開きがあった。

 なぜ、これほどの差が生まれるのか。貧困家庭の子どもの学習を妨げるものは何か。私たち日本財団のチームは、疑問に答えるべく、ある分析調査に取り組んだ。

◆「貧困と低学力」その構造に迫る
 大阪府箕面(みのお)市は、府北部に位置する人口約13万人のベッドタウンだ。市は「子ども成長見守りシステム」という仕組みを持っていて、子どもたちの学力や生活状況、家庭の経済状況などのデータやアンケート結果を、関連付け可能な形で保有している。その規模は過去3年、計2万5000人分にもなる。

 この貴重なデータを利用させてもらい、私たちのチームで詳しく分析したところ、貧困世帯の子どもが低学力に陥ってしまう「構造」が浮かび上がってきた。

◆成績急落「10歳の壁」
 貧困世帯と、そうでない世帯の子どもの学力(国語・算数の成績)は、10歳(小学4年生ごろ)の時に大きく差が開いていた。

 「10歳の壁」という言葉が、教育関係者の間で以前からささやかれている。小学4年の10歳ごろは、学習内容に応用力を問う課題が増え、子どもたちがつまずきやすくなることを意味する。箕面市のデータでは、「壁」はとりわけ貧困世帯の子どもたちの前に立ちはだかっていた。

 実は、それよりも早い段階で差が付いているとする海外の先行研究もあり、私たちのチームでも検証を進めているのだが、今回の分析で顕在化したのは「10歳の壁」だった。

◆カギは「生活習慣」
 貧困世帯の子どもたちの学習を阻む「壁」とは何か、考えてみた。ヒントは、子どもたちの生活習慣にあった。

箕面市の調査では、「スポーツや趣味などで頑張っていることがあるか」「毎日朝食を食べているか(生活習慣として身についているか)」といった問いに対し、「はい」と答えた子どもの比率は、生活保護受給世帯と、そうでない世帯の間に、小学1~2年の時点で約20ポイントもの開きがあった。

 また、「つらいこと、こまったことを先生に相談できるか」「1日の勉強時間の目安を決めているか」といった質問に「はい」と答えた子どもの比率は、小学3~4年生を境に開き始め、学年が上がるにつれて大きくなっていた。

 これらのデータから、次のような貧困世帯の子どもたちの姿が浮かんできた。小学校低学年のうちに家庭で養われるはずの生活習慣が身につかず、夢中になれるものも見つからない。やがて、高学年になると勉強の内容が理解できなくなり、悩みを先生に打ち明けることもできぬまま取り残されてしまう――そんな姿だ。

◆学力以上に重要な「非認知能力」
 正しい生活習慣や自制心などは「非認知能力」と呼ばれ、この力を幼少期に養うか否かで、その後の発達に決定的と言えるほど重要な効果をもたらすことが、海外の研究などで指摘されている。

 今回の分析は、貧困世帯の子どもの非認知能力が低い水準になりやすく、その後の学力に悪影響をもたらすおそれがあることを示唆している。

 この非認知能力は、親から子への「社会的相続」によって養われる。

 社会的相続とは、学力(認知能力)以外で子どもの将来の自立に資する能力を引き継いでいく過程のことだ。

 貧困世帯においては、親が仕事に追われて子どもと十分に接する時間を取れない、親自身も生活習慣が乱れ、子どもへの関心が低い、などの理由でこの社会的相続が十分に行われないケースが目立つ。これが、子どもが成長した後も貧困から抜け出せない「負の連鎖」を生んでいる可能性が高い。
◆貧困世帯でも高学力、背景に「社会的相続」
 福祉国家論で世界的に知られるデンマーク人の社会政策学者、イエスタ・エスピン・アンデルセン教授は「(社会的相続は)所得と同等か、それ以上に重要である」と言い切っている。

 今回の分析においても、貧困世帯であっても学力が高い子どもは、生活習慣などをしっかりと身に付けていたり、思いを伝える力などが高水準であったりすることが分かった。

 とはいえ、貧困に苦しむ親や家庭に社会的相続の全てを委ねるのには無理がある。いかにして社会が関わり、子どもたちの非認知能力を養うか。新たな対策が求められている。
◆“ツケ”は国民全体に
 「うちは貧困とは無縁だから」という人も、この問題を人ごとと捉えるべきではない。無関心のままでいると、いずれ大きな“ツケ”が本人や子ども、孫に返ってくることになる。

 日本財団と三菱UFJリサーチ&コンサルティングの共同調査による試算では、子どもの貧困による進学率等の格差を放置してしまうと、改善した場合に比べ、貧困世帯の15歳以下の子どもたちが得る生涯所得は40兆円以上減少することになる。

 これは国内市場の縮小を意味し、経済停滞を加速させる可能性がある。加えて、そうした子どもたちが生涯にわたって納めるはずだった税金や社会保険料等も大幅に減ることから、国の財政収入は約16兆円も減少すると見られる。日本の将来にとって悪いこと尽くめなのだ。

◆「子どもの貧困」解決に向けて
 私が所属する日本財団は、子どもの貧困問題に継続的に取り組んでおり、2017年11月までに、貧困世帯の低年齢期児童(小学校1~3年生)を対象に、家庭での取り組みを補完する形で「社会的相続」を提供する拠点施設を埼玉県戸田市、広島県尾道市、大阪府箕面市の3か所に開設した。

 そこでは、「読み聞かせ」の実施や、海外研究に基づく非認知能力のトレーニングプログラムの開発と試行、様々な大人と関わる機会の提供などを行うことで、「貧困の連鎖」を断ち切ることを目指している。今後、5年をめどに、全国に約100か所の拠点を設置したいと考えている。

 こうした教育投資について、海外には多数の研究事例があるが、日本にはその有効性を検証した例はまだ見当たらない。今回の取り組みでは、日本で初めて研究者を交えて長期にわたる追跡調査を行い、効果を科学的に検証したいと考えている。「貧困の連鎖」を確実に解消する方法を特定し、それが社会にどれほど有益かもわかりやすく示したいという思いからだ。

◆改めて問う日本の姿
 子どもの貧困への対策は、「かわいそうだから」といった感情論だけでなく、我が国の「将来への投資」として社会が認識すべきものだと思う。

 ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者、ジェームズ・ヘックマン教授は、貧困状態にある子どもへの投資について、機会の平等といった社会正義と、経済合理性を同時に改善する、非常に稀(まれ)な政策オプションであると指摘している。

 先に述べた「社会的相続」提供施設の開設によって、科学的な裏付けとなるデータを長期にわたって取得し、それらを示すことで冷静な政策論議を喚起し、我が国の子ども関連政策や世代間の予算配分の在り方などを見直すきっかけになればと思う。

 貧困問題を冷静に議論することは難しい。短絡的な「(親の)自己責任論」や「(子どもの)自助努力論」などが声高に論じられ、建設的な意見を交わすことが難しくなってしまうからだ。

 しかし、「子どもの貧困」は国の将来を左右しかねない問題であり、私たち自身の重大な問題でもあることを忘れてはなるまい。様々な意見をお持ちの方がいると思うが、ここは一歩引いて、国の未来、私たちの社会の未来を、冷静に考えていただきたいと願っている。

参考資料:日本財団「家庭の経済格差と子どもの認知・非認知能力格差の関係分析」

https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/ending_child_poverty/index.html

参考資料:大阪府箕面市 子どもの貧困実態調査のまとめ

https://www.city.minoh.lg.jp/mimamori/documents/jittaichousa.pdf
日本財団「子どもの貧困対策プロジェクト」 栗田萌希

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