平成27年10月12日、朝日新聞
友達ほしさに万引き重ね 母子家庭の19歳、保護観察に
■子どもと貧困
「少年院に行きたい」
6月下旬、さいたま家裁で裁判官から処遇の希望を聞かれ、少年(19)は答えた。非行内容は住居侵入と窃盗。小学生から万引きを繰り返したが、警察沙汰にならずにここまできた。強制的な力に頼ってでも自分を変えたいと思ったが、審判は保護観察処分だった。
3歳のとき、両親が離婚。母親(46)と2人で暮らしてきた。
母は、なるべく子どもと過ごせるよう土日や夜勤をさけ、電子部品工場や駅の売店などで働いた。月収はパートの12万~13万円と、3万円弱の児童扶養手当。条件のいい仕事や家賃の安い部屋を探して引っ越しを繰り返し、少年は小学校を4回転校。そのたびに新しい友達を作らなくてはならなかった。
決まった小遣いはもらったことがない。周りが持っていた携帯型ゲーム機もなく、気を使った友達が時々貸してくれた。
小学3年のころ、祖母の家でポーチから5千円を抜き取り、友達におかしやジュースをおごった。喜ぶ友達をみてうれしかった。
「お前、カード持ってねえならやってこい」。はやっていた遊戯王のカードを取ってくるよう友達に言われたのが最初の万引きだ。
文房具、フィギュア、タオル……。万引きして友達にあげた。家で商品を見つけた母が店に警察への通報を頼んだこともあったが、店は「お金を払ってもらえばいい」と取り合わなかった。
友達を作らなきゃ。1人はイヤだ。少年はその気持ちを誰にも話さなかった。
中学生になると、友達を万引きの道連れにすることを心配した母から「人と関わるな」と告げられた。互いの家で遊ぶ友達の輪に入りにくくなり、ものに当たったり万引きしたり。
高校に入ってから始めたバイト代はパチンコ、酒やたばこ、外食代に使った。校内で現金を盗み、3年の夏休み明けに自主退学。2カ月後の昨年11月に空き巣に入り、置き引き、ひったくりとエスカレートした。
ここまで来てようやく、母子は支援につながっていく。退学後、母は学校に勧められ、警察の非行相談へ。非行に悩む親の会を紹介され、参加した。みなが静かにそれぞれの悩みを聞き、最後に母に順番が回ってきた。
「初めて悩みを言っていいんだと思えたら涙が止まらなくて、どうか助けてという気持ちでした」
母も一人で踏ん張ってきた。20年前に結婚した夫はお金にルーズで、浮気もあった。養育費はあきらめた。役所に生活保護の相談に行ったが、生命保険の解約など様々な条件を出されて断念した。生活に追われ、少年にどう向き合えばいいかわからなかった。
少年は保護観察所と相談し、就労しながら生活を立て直す施設への入所を決めた。「風呂とご飯と部屋があって、親と離れて暮らせる場で、新しいスタートを切りたい」
8月下旬、母子は空港にいた。「書類は持ったの? お昼ご飯は?」。母の問いに、少年は淡々と応じた。ゲートに入る間際、胸の下で小さく手を振った。(中塚久美子)
■生活苦から孤立 非行のケースも
格差がストレスとなり、非行に走ったり巻き込まれたりするケースがある。
非行や引きこもりなどの若者の居場所づくりに取り組むNPO法人「さいたまユースサポートネット」代表の青砥(あおと)恭(やすし)さん(66)は「親は子育ての悩みと生活苦が重なり、頼れる人がおらず行き詰まる。この母子も決して特異なケースではない」と指摘する。
子どもは、友達の中で自分だけできないことがあると心にダメージを負い、社会への不信感にもつながるという。「児童扶養手当の増額、学校での相談、孤立した親の支援などきめ細かくみていく必要がある」
法務省の少年矯正統計(2014年)によると、少年院と少年鑑別所の新たな収容者の家庭は、それぞれ26%、22%が裁判所の調べにより貧困家庭とされる。一方、厚生労働省の調べでは、日本の子どもの貧困率は16・3%。
家裁調査官の経験がある立命館大の野田正人教授(司法福祉)は「非行の陰に貧困が隠れているケースが多く、その向こうにDVや依存症、親の養育力の弱さなどがみえる。罰し方に関心がいきがちだが、なぜ非行に走るのかに着目し、地域や学校が積極的に子どもの困りごとを知ろうとする姿勢が大事だ」と話す。
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