令和5年8月12日、Yahoo!ニュース
「子どもの視点に立った調停をしてほしい」長期化する離婚・面会調停、当事者が家庭裁判所に望むこと
毎年、およそ18万人の子どもが親の離婚を経験する。どちらが子どもの親権を持つか、監護するか、面会交流は、などについて夫婦間で協議が整わない場合、家庭裁判所を利用することになるが、その運用に不満を抱く当事者は多い。ある男性はもう4年以上も家庭裁判所通いを続けている。「妻もぼくも子どもも誰も幸せになっていない。ただ時間ばかりが過ぎる」。離婚・面会調停の当事者が家裁に求めるものとは。(取材・文:上條まゆみ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
このままでは一生子どもに会えないかもしれない
「え、またそこから?」
関東近郊に住む会社員、沖田裕二さん(仮名、45)は、この春異動してきたばかりの家庭裁判所の裁判官に「離婚事由から確認したい」と言われ、激しい徒労感に襲われた。
「『記録は引き継いでいるが、自分で聞きたい』と言われました。今までの聞き取りはなんだったんだと思いますよね。2019年4月に調停を始めて、4年4カ月で裁判官が4人も代わっているんです」
沖田さんは月1回1時間の子どもとの面会交流のために、自宅から400キロも離れた地方都市に車で通う日々をもう1年以上も続けている。
子どもと会うときは、妻の希望で面会交流支援団体の付き添いがつく。レンタルルームを借りてゲームやおもちゃで遊ぶときも、室内に支援員がいる。
「DVも虐待もないのに、なぜ付き添いが必要なのでしょう。わずか1時間しか子どもに会えないのも理不尽だと感じます。家庭裁判所調査官の調査では、子どもは『もっとパパに会いたい』と話していたのに。妻には婚姻費用を払っているうえ、面会交流支援団体の費用もレンタルルーム代も、もちろん交通費も宿泊代もこちらもちです。子どもの養育のためにためておきたいお金なのですが……」
2019年1月、沖田さんの妻は当時5歳の子どもを連れて家を出たまま、帰ってこなかった。妻から離婚調停を申し立てられると、沖田さんはすぐに面会交流と子の引き渡し、保全処分を申し立てた。
「離婚はともかく、子どもと離れたくありませんでした。家計は9割以上、家事・育児も4割くらいはぼくが担当していたし、休日は父子で外遊びをして過ごすことも多く、子どもとは仲がよかったんです。面会交流や子どもの養育について取り決め、しっかり子どもと会えるようにしてから、離婚の話し合いをしたいと思いました」
ところが、近隣のマンションに住んでいた妻が、子どもを連れて実家近くの現在の住所に引っ越した。そちらの家庭裁判所に管轄を移して調停を始めることになったが、コロナを理由に延期となった。子どもには2020年3月に2時間だけ会えたが、その後は面会できないまま。1年後にやっと、Zoom越しの面会交流が許された。Zoomをつなぐとき、沖田さんは「子どもが自分の顔を忘れていたらどうしよう、人見知りしたらどうしよう」と不安だったという。画面の向こうから「パパ!」とうれしそうに呼びかける姿を見て、ようやく安堵した。
その後も、面会交流の拡大をめぐる話し合いは折り合いがつかず、「子どもに会いたい」沖田さんと、「会わせたくない」妻の葛藤は大きくなっている。
調停委員も頼りなかった。
「調停委員はいい人で親身になって話を聞いてくれましたが、逆に言えばそれだけなんですよ。ぼくの味方をしてほしいのではなく、もっと子どもの視点に立って調停を進めてほしいのです」
このままでは一生子どもに会えないかもしれない。危機感をもった沖田さんは2022年4月、「月1回、第三者機関の付き添い型支援を利用して面会交流する」との内容に合意して、面会交流調停を終わらせた。内容には不満だらけだが、子どもに会えることを優先させた。
一方の離婚調停は不成立に終わり、裁判が進行中だ。争点は親権。
「離婚事由は『夫婦の気持ちのすれ違い』。浮気もDVも悪意の遺棄もないぼくが親権を奪われるのは納得がいかない。どちらかに親権者を決めなければならないのであれば、別居親と自由に交流させる寛容性をもったぼくのほうが、親権者としてふさわしいと主張しています」
しかし、沖田さんの主張はなかなか通らない。統計データによれば、令和になった今でも、離婚後の親権の約9割は母親が持つ。母性優先、「現状維持の原則」(今現に暮らしている親との暮らしを優先する原則)の考え方は根強い。
「子どもの心身の成長にコミットしたい」別居親の望み
民法の離婚後の子の監護に関する条文に、「面会及びその他の交流」について協議すべしという文言が盛り込まれたのは2011年。条文には「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」とある。
しかし、それから10年後の2021年度の面会交流の実施状況は、母子世帯で30.2%、父子世帯で48.0%。実施している場合でも、その回数は「月1回」が最多だ。これは「子の利益」を優先した結果なのか?
家事事件を多く手がける弁護士の梅村真紀さんは、「子の利益」を考慮することの難しさについて、こう話す。
「例えば、面会交流で言えば、『子の利益』につながる面会頻度を決めるべきなのですが、同居親の拒否感情が強い場合、回数を決めても守られないことが多い。守られないなら意味がないということで、家裁は『最低限、これくらいなら同居親も応じるだろう』という程度にしか出さない傾向があるのです。しかし、それでは別居親がつらい。だからといって、面会交流を増やすための調停を再度申し立てると夫婦間の葛藤がさらに高まることになり、面会頻度が減る危険性がある。悩ましいところです」
離婚した元夫婦の関係や子どもとの関係は一様ではないため、「子の利益」を一律に評価することは難しい。とはいえ、以前は親が離婚すると子どもは別居親と没交渉になることが「ふつう」だったが、1994年に日本が批准した子どもの権利条約では、子どもには両親から引き離されない権利があると認めている。つまり、特段の事情がない限り、離婚後も子どもが両親と交流をもつことは子どもの利益につながると考えられる。
沖田さんの望みは、父親として継続的に子どもと関わり、心身の成長にコミットすることだ。
「思い切り体を動かしたり、小さな冒険に出かけたり。もう少し大きくなったら仕事の話をしたり、社会問題について語り合ったりしてみたいです」(沖田さん)
また、離婚にともない話し合わなければいけないことは、子の親権や面会交流だけではない。
「調停では、離婚するかどうかに始まり、慰謝料や婚姻費用、離婚するのであれば財産分与や年金分割についても話し合わなければなりません。これらは基本的に同時に進めていきますから、子について話し合う時間はどうしても限られてくるのです」(梅村さん)
当事者のあいだでささやかれる「調停委員ガチャ」
では、家庭裁判所の側は「子の利益」をどう見ているのか。
家庭裁判所で扱う家事事件は、調停前置主義といい、審判の前に調停から始めなければならない。調停委員会は、裁判官または調停官と、2人の調停委員、子どもがいる場合は家庭裁判所調査官が加わる。
西日本の某県で調停委員を務めた加山仁美さん(仮名、57)。家庭の主婦で自営の手伝いをしていたが、面倒見のよい人柄を買われて、調停委員をしていた知人に声をかけられた。
加山さんは、子どもがいる家庭の事件では、まず初回に子どもの状況を聞き取り、子どもが両親の紛争で不安な気持ちでいることや、親と子どもの気持ちは別であることを理解してもらうよう、申立人・相手方双方に働きかけをしていたという。
「調停委員になると、研修の機会がたくさんあるんです。すべての調停委員に義務づけられているものから、特定のテーマに絞った任意のものまで、さまざまなものがありますが、積極的に参加して、傾聴について心理学的に学んだり、家族関係について理解を深めたりするうちに、『ふつうの家族』なんかない、と思うようになりました。こちらが『ふつう』と考える価値観を押しつけてはいけないと肝に銘じていました」
家族に関する価値観は、時代によって変化する。しかし、価値観をアップデートする努力をしない調停委員も多く、不満をもつ当事者は多い。当事者界隈では「調停委員ガチャ」などという言葉もささやかれている。加山さんは、「学んでほしい人ほど、研修に出てこなかったですねえ」と振り返る。
「面会交流は過去の清算ではなく、子どもの将来の問題」
当事者が家庭裁判所に抱く不満のもう一つは、「調停で取り決めたことが守られない」ということだ。家裁から履行勧告をしてもらうことはできるが、相手が応じない場合、強制することは難しい。
香川県の増田卓美さん(78)は、調停のあり方に限界を感じて、面会交流支援団体を立ち上げた。増田さんは公務員を定年退職後、調停委員に。それから5年後に民法が改正され、面会交流について協議するように定められた。
「あるとき、面会交流について合意し、調停合意書にもきちんと取り決め事項を書いて離婚したご夫婦がおられたのです。よかったよかったと思っていたら、1年後、再調停を申し立ててこられた。要するに、約束した取り決めが守られなかったんですね。『法律に書いてあってもダメなんだな。面会交流についての調停は、調停成立に漕ぎつけるだけでは、子どもの福祉とはいえない。最後の受け皿も必要なんだ』と気づきました。『面会したい』『面会させたくない』という親同士の間に入る第三者機関として面会交流支援センターを立ち上げることになったのです」
2015年12月にNPO法人面会交流支援センター香川を設立。支援を始めてみると、調停の場ではわからなかった子どもの心が見えてきた。
「調停で同居親が『子どもが嫌がっているから別居親に会わせたくない』と言うことは多いのです。でも実際には、別居親に会ったとたん、バーッと走っていったりするのです。反対に、同居親のところに戻るときは、それまでニコニコしていたのがパッと顔色を変えて、楽しかったことなんかなかったかのようにふるまう。子どもが嫌がっているというのは同居親の気持ちに配慮する忠誠心、葛藤だと思うんです。子どもの本当の気持ちは違うんだな、両親に挟まれて一番しんどいのは子どもだなと、強く思うようになりました」
増田さんが提唱するのは、子どもがいる夫婦が離婚するときは調停前に必ず親ガイダンスを受ける仕組みだ。子どもにとって望ましい離婚の形を夫婦ともに学ぶ。一部の家庭裁判所ではすでに任意で実施している。これを全国的に義務化する。夫婦で「子の利益」が共有できれば協議は整いやすくなり、調停となった場合も進行はスムーズになるはずだ。
「制度というのは、行政や司法だけでは賄いきれないのが世の常だと思います。子どもの権利、最善の利益を目的にした面会交流に関しては、財産分与などの紛争解決方法とはちょっと違います。デリケートな問題を含む面会交流は過去の清算ではなく、子どもの将来の問題です。父母の歩み寄りが不十分で第三者機関の支援が必要となる場合の面会交流については、公正・中立性が大原則の家庭裁判所であったとしても、何らかの形で民間と連携または委託があってもよいと思うのです」
「家裁は対立型ではない合意形成を支えて」
家族法に詳しい二宮周平さん(立命館大学名誉教授)も、「家庭裁判所の福祉的な機能の一部を民間団体に委託することは、有効な手立ての一つだと思います」と話す。
「韓国では、家裁が離婚前の親ガイダンスを行いますが、カウンセリング等は家裁が委託した外部機関が行っています。日本でも家庭裁判所と外部機関が連携する仕組みをつくることは、現行法のもとでも十分に可能です」
家裁の裁判官の異動サイクルが早いことも、改善の余地がある。
「赴任して数年で異動になるので、裁判官が家事事件に必要な専門知識を身につけられない、あるいは身につけてもすぐにいなくなってしまう。それも、子どもの視点がないがしろにされがちな理由の一つなのです」
台湾では、家庭裁判所の裁判官は、自分から希望しない限り、異動することはない。韓国でも、最長7年まで同じ裁判所にいることができる。
「家庭裁判所はほかの裁判所と違い、司法的機能と福祉的機能を併せ持ちます。問題を法的に解決するだけではなく、当事者や子どもが幸せに生きていくために必要なサポートをする役割を担うべきなのです。離婚をしても父母が親として子どもの健全な成長を見守り、支える責任があります。家庭裁判所の裁判官も調査官も調停委員も弁護士も、対立型ではない合意形成を支えてほしい。それが何より子どもの利益につながると思うのです」
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