令和4年11月30日、中央公論
令和4年11月30日、中央公論
佐藤友紀 日本は「子の連れ去り大国」――国際結婚破綻に伴い海外から批判の声
国際結婚の破綻などに伴い、「日本人のパートナーに子どもを連れ去られた」と訴える外国人が後を絶たない。日本は「連れ去り大国」だとして、欧米が親権や子どもとの面会をめぐる制度の見直しを日本に求めるなど外交問題に発展する一方で、国内ではDV(家庭内暴力)対策が先だという声も根強い。当事者の訴えを通じて見えてきた深刻な実情と、遅々として進まない議論の背景を探った。
(『中央公論』2022年12月号より抜粋)
海外メディアが一斉に報道
「私の子どもたちは今日、父親とフランス市民権を失った。国際的な逮捕状が出ている人物に、日本の裁判所が親権を与えることに驚いた」
7月7日に東京都内で開かれた記者会見で、日本在住のフランス人男性はこう憤った。子ども2人を連れて別居した日本人の妻が、この男性に離婚などを求めた訴訟をめぐり、東京家裁がこの日、離婚を認め、子ども2人の親権者を妻とする判決を言い渡していた。
判決によると、男性と妻は2009年に結婚したが、16年以降に関係が悪化。妻が18年8月、都内の自宅から長男と長女を連れて別居した。フランスの裁判所は妻に対し、子どもを連れ去って男性に面会させないのは略取容疑などにあたるとして、昨年11月に逮捕状を出している。
東京家裁の小河原寧裁判長は、妻が子どもを男性に面会させない根拠としていた夫の暴力について、「事実と認められる証拠はない」と指摘して主張を退けた。一方、子どもが順調に育っていることなどを理由に、妻が親権者になるべきだと判断した。
男性側の弁護士は、「(妻側は)DVがあったから子どもを連れて行かざるを得ないという主張を展開していたのに、DVは認定されなかった。裁判所は、連れ去りに問題がなかったかどうかを判断すべきだったのに、『今すくすく育っているから問題なし』では、誘拐をそのまま容認しているということだ」と声を荒らげた。
これに対し、妻側の弁護士は、「日本では裁判上の離婚と親権を求める当事者は、子を連れて別居をすることを前提とした離婚制度を採っているため、(妻側の行為は)誘拐罪に該当しない。逮捕状は不当で取り下げられるべき」とのコメントを発表した。
このフランス人男性は昨年7月、東京五輪開幕直前に都内でハンガーストライキをし、SNSなどを通じて問題を提起していた。男性の訴えは、「日本は子どもの連れ去り大国」などとして世界各国で報道され、欧米や中国、オーストラリアのほか、タンザニアなどアフリカ諸国の新聞でも記事化された。
五輪開会式に出席するため来日していたフランスのマクロン大統領は、同月24日に菅義偉首相(当時)と会談した際、この問題を取り上げ、会談後に発表された共同声明にも「両国は、子の利益を最優先として、対話を強化することにコミットする」との文言が盛り込まれた。フィリップ・セトン駐日仏大使にインタビューを申し込んだところ、この会談を受け、今年3月末に両国の外務省、法務省の代表者による初の二国間協議が行われたことを書面で明らかにした。
セトン大使は、日本における子どもの「連れ去り」が日仏の外交問題になるかとの質問に対し、「日仏両国間の問題ではないが、『火種』にならないよう留意する必要がある」と回答した。その上で、「我々はこの問題をめぐって定期的に欧州連合(EU)加盟国代表などと手を携えて行動している。必要であればいつでも懸念を表明し続ける」と回答した。
問題は日本とフランスの間にとどまらない。
「子どもに会おうとしているだけなのに、なぜこんな目に遭わないといけないのか」
都内で取材に応じたオーストラリア出身の男性は、子どもと一緒に遊んでいる写真を何枚も見せながら、涙をこらえきれず、肩を震わせた。
男性の日本人の妻は19年、男性が子どもに暴力をふるったとして子どもを連れて家を出た。男性は暴力を否定し、子どもに会う手がかりをつかむため、妻の両親が住むマンションの共用部分にいたところ、警察に通報された。男性は住居侵入罪で逮捕され、東京地裁で懲役6月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。
この男性の妻が離婚などを求めた訴訟の控訴審で、東京高裁(木納敏和裁判長)は今年7月20日、離婚を認め、子どもの親権者は母親(妻)と判断した。男性は判決を不服として最高裁に上告した。
男性の地元であるオーストラリアやアメリカなどでは、男性は「婚姻関係が破綻したら片方の親しか子どもに会えない日本の制度の犠牲者」(AP通信)だと報じられた。
日本に改善を求める声
「子どもを連れ去られた」と訴える外国人は、ほかにも多数いるとみられる。11年にアメリカで設立されたNGO「Bring Abducted Children Home(誘拐された子どもを取り戻す)」は、475人以上のアメリカ人の子どもが日本へ連れ去られたと主張する。イギリスのNGOは、約1400人の英国人の子どもが連れ去られたと訴えている。夫婦ともに日本で暮らしていたケースのほか、海外で夫婦関係が破綻し、日本人配偶者が子どもを連れて帰国した事例などがある。
こうした状況を受け、日本に対する国際社会の批判は年を追うごとに高まっている。18年、EU加盟26ヵ国の在京大使は、子どもと親が面会できるようにすることを求める書簡を法務大臣宛てに提出。欧州議会は20年7月、「子の連れ去りの多さを憂慮する」として、共同親権制度の導入などを日本政府に促す決議案を採択した。
アメリカでは21年9月、連邦議会下院外交委員会の公聴会で、共和党のクリス・スミス共同委員長が対日制裁を含めた法案を準備していると表明。同10月には、上院外交委の公聴会で、民主党のロバート・メネンデス委員長が就任前のラーム・エマニュエル駐日大使に対し、日本政府に改善を求めるよう要求した。
背景に親権制度の違い
日本の「連れ去り」が国際的な問題になっていることを私が最初に認識したのは18年、ローマ特派員としてイタリアに駐在していた時のことだった。日本に住むイタリア人男性から「妻に子どもを連れ去られた」と支局に取材依頼のメールが届いた。「きっとDVをして妻子に逃げられたのだろう。よくある話だ」と思い込んでしまった。ところが、イタリア人の取材助手は「連れ去りなんて考えられない!」と憤慨している。もしかすると私の感覚がこちらでは一般的ではないのかもしれない、と心配になって一応調べてみると、この男性と同じような訴えが海外には多いことに気がついた。「これは外交問題に発展するのではないか」と思い、丹念に取材を進めた。
日本国内では当時、この問題をめぐる外国人の訴えや海外からの視点を扱った記事は見当たらず、日本が外国からどのように見られているのかを紹介する必要があると思った。同時に、実際にDV被害に苦しんで子どもを連れて出て行った方々の話も聞き、簡単には解決できない問題だとも感じている。
では、なぜ日本は、海外からこれほどまでに批判の的になっているのか。背景には、親権をめぐる日本の法制度が影響している。
日本の民法は、夫婦関係が破綻して離婚すると、親権者は父母のどちらかにしなければならないという「単独親権制度」を規定している。親権者を父母のどちらにするかを決める際には、子どもの置かれている環境をなるべく変えない方が良いとする「継続性の原則」が適用されることも多い。このため、夫婦の別居後、より長く子どもと暮らしている方に親権が与えられがちだ。こうした法制度や慣習が、子どもの「連れ去り」を助長しているとの意見は根強い。
一方、欧米の主要国の多くは、離婚後も父母双方が親権を持つ「共同親権制度」を採用している。離婚後も両親が子どもを共同で育てる制度だ。このため、片方の親が子どもを連れ去り、もう一方の親との面会を拒むと、犯罪行為とみなされることが多い。
早稲田大学法学学術院の棚村政行教授(家族法)によると、共同親権制度の国では連れ去りには警察が介入し、面会が実施されなければ刑事罰が適用されることもある。対照的に、日本では面会交流が実施されない場合でも、刑事罰は適用されない。制裁金を支払わせて交流を促す制度もあるが、手続きには時間がかかる。
棚村教授は、「欧米では裁判所の関与のもとで離婚するため、裁判所の決定に従わないと強制力が行使される。だが、日本での離婚は夫婦の協議に任されている部分が大きいため、子どもの連れ去りなどで問題が起きても『家庭の問題』として片付けられる。結果として刑事罰を適用しにくい。子どもの問題を父母の話し合いに任せすぎている」と指摘する。
法務省が20年4月に発表した調査では、日本以外に単独親権制度のみを導入している国は、主要20ヵ国・地域(G20)を含む対象24ヵ国中、インド、トルコの2ヵ国だけだった。
明治学院大学社会学部の野沢慎司教授(家族社会学)によると、1980年代以降多くの国が、両親の婚姻関係の有無にかかわらず共同親権を原則とする制度に切り替えた。子どもの権利を保障する国連の「子どもの権利条約」を尊重し、法改正したという。一方、高度経済成長期に性別による分業が進んだ日本では、「子育ての責任は母親ひとりにある」という認識が今でも根強い。その結果、離婚後は「ひとり親家族」として母親が1人で育てるという古い家族観が残っている。「その意味で日本はガラパゴス化している」と野沢教授は強調する。
自民部会は「共同親権」提言
日本でも制度改正をめぐる議論がないわけではない。18年7月、当時の上川陽子法相は共同親権制度の導入を検討する考えを表明した。21年3月、法制審議会(法相の諮問機関)の家族法制部会は、民法などの離婚制度の見直しに向けた初会合を開いた。部会は当初、共同親権制度導入の是非をめぐる中間試案を今年8月末にとりまとめ、9月にもパブリックコメント(意見公募)に臨む予定だった。
だが8月30日の部会では、中間試案のとりまとめを先送りした。「試案をまとめるのは時期尚早」というのが理由だった。中間試案では、①原則が共同親権で、例外が単独親権、②原則が単独親権で、例外が共同親権、③単独親権のみ──の3案を列記しており、「わかりにくい」という意見が多数あった。また、6月に自民党の法務部会「家族法制のあり方検討プロジェクトチーム」が「共同親権制度の導入」を原則とすることを提言していたことから、3案を列記した試案は「自民党の提言に沿わない内容だとして、党内から不満の声が出た」(自民党国会議員)ことも影響したとみられている。
DV被害者の救済が前提
国内では、共同親権制度の導入に反対する意見も根強い。主な理由が、DVの被害者がパートナーから逃げられなくなるという懸念だ。
(後略)
◆佐藤友紀〔さとうゆき〕
1984年神奈川県生まれ。東京女子大学文理学部卒業後、2006年、読売新聞東京本社に入社。地方部、経済部、ローマ支局などを経て21年より国際部勤務。16年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)にて中東地域研究修士取得。
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