両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

令和4年11月24日、時事通信

「共同親権」どう考える 賛否両派に聞く

 離婚後の親権の在り方を巡り、法制審議会(法相の諮問機関)家族法制部会が、離婚後も父母双方が親権を持つ「共同親権」を導入する案と、現行の「単独親権」を維持する案を併記した中間試案をまとめた。

 前者はさらに、共同親権を原則とする案と、一定の要件を満たせば例外として共同親権を認める案に分かれる。「子の利益」の観点から親権制度はどうあるべきか。近く始まる意見公募(パブリックコメント)を前に、共同親権の賛否両派に話を聞いた。

 ◇「原則共同親権・監護」実現を=柴山昌彦氏―超党派共同養育支援議連会長、自民党衆院議員
 中間試案に、私たちが求める「原則共同親権・共同監護」という選択肢が入ったことは評価する。世界でも単独親権制度の国は極めてまれだ。「子どもの権利条約」では子が親の保護を求める権利が保障されている。

 少なくとも家族が幸せに暮らしている時、子どもはパパもママも好き。子が親との関係を保ち、子に対する責務を両親が果たす婚姻中の正常な形を、離婚時に片方の親が断ち切られる単独親権制度が子の利益に即しているとは思えない。それがあるべき姿であれば、世界でもっと単独親権の国が増えていると思う。

 別居親との面会交流ができずに子どもが悲しい思いをする、同居親との間で起きる子の福祉を損なう行為に対して子の異変やSOSを別居親が認識できないなど、単独親権が弊害になるケースが出てきている。

 子どもと没交渉なのに養育費だけ支払わされているお父さんから「自分は現金自動預払機(ATM)か」との声も聞く。養育費が喜んで支払われるような子どもとの交流も、自然な形で極力認められるべきだ。

 子の養育を継続的にしていた人が離婚時の親権獲得で優位になる。だから子を連れ去って既成事実として親権を獲得するという事案を誘発する。共同親権なら、親権獲得目的で連れ去るインセンティブがなくなる。

 共同親権ではDV(家庭内暴力)が継続すると懸念する声もある。夫婦間の問題と親子間の問題が常に連動するわけではないと考えるが、子の福祉に沿わないDVや虐待があるケースを共同親権の例外とすることに、私は異を唱えない。

 (DVが)認定されるプロセスのいとまがない場合など、正当な理由があって子どもを連れて避難することまで否定しない。ただ、親権喪失や親権停止の制度は今もある。やむにやまれず出て行った人はどれくらいの比率なのか、実態調査を踏まえた上で議論しなければいけない。

 (子どもの日常の世話や教育をする「監護権」を両親が持つことで物事の決定に支障が出るとの指摘に)共同監護を原則としても、あらゆることまで別居親の同意が必要なわけではない。離婚時に養育費や面会交流、その他の子どもに関する基本事項の決定について話し合うことが一番だ。監護者指定で合意できず、共同監護となった場合は裁判所の負担が増えるため、地方自治体やNPO、カウンセラーの活躍の場を広げてはどうか。

 試案取りまとめの過程で自民党法務部会が圧力をかけたとの指摘があるが、政府提出法案でも与党の同意がなければ閣議決定されない。法制審のプロセスの中で与党とキャッチボールしながら進めることを圧力だと言うのは、日本の統治機構に対する誤解だ。

 ◇共同親権導入は時期尚早=赤石千衣子氏―しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長、法制審委員
 中間試案は書きぶりが共同親権に寄っていると感じる。委員に現場を知っている人が少なく、当事者の実態が伝わっていない。協議離婚した人の実態が議論されないまま、拙速に案を出した。さまざまなケースを慎重に考える必要があり、民法をいじるのは時期尚早だ。

 「共同養育的な関わり」の推進は賛成だ。私もそのように子どもを育ててきて、子どもは自由に父親と会っていた。同居親以外の関わりがあることで、子どものセーフティーネットは増える。

 だが、離婚後に子の重要事項を共同決定することを法制化するのは反対だ。離婚後に協力して子育てできている人に法改正は必要ない。コミュニケーションを全く取れない場合、子どもにすさまじい不利益が生じる。

 共同監護で事前に話し合いを要する場合、別居親から日常的に情報提供を求められたり、進学先などが決まらなくなったりする恐れがある。経済的に脆弱(ぜいじゃく)なひとり親が、(意見が対立し)家庭裁判所決定となるたびに仕事を休み、弁護士費用を払うことなどできない。今でもパンク状態の家裁が対応できるのか。

 (選択的に共同親権とする案の)「選択的」というのは誤解を生みかねない。意見が合わなければ家裁に持ち込まれ、調停や審判で決定されてしまう。

 (DV=家庭内暴力や虐待のケースを例外的に単独親権とする案に関し)DV被害を受けている渦中に証拠を集められる人はほとんどいない。裁判所がアセスメント(評価)できると思えない。

 2011年の民法改正以来、家裁は面会交流原則実施論一色となった。調停では、夫から煮えたぎった鍋を投げつけられる暴力を受けた人でさえDVは軽視され、面会交流するよう求められている。調停経験者を対象に行った調査では、家裁が中立ではないという声が多数あった。今度は「DVの証拠がないなら共同親権にしなさい、それが普通だ」と調停で言われる恐れがある。

 「子の連れ去り」とはDVや虐待からの緊急避難だ。生活基盤を手放して突然逃げるのはよほどのことで、逃げざるを得なかったからだ。

 もう一つ想定されるのは、別居親が全く無関心で連絡が取れないケースで、数としてはこちらの方が多い。協議離婚で連絡先も居場所も分からないケースでどう共同決定するかという議論も全然されていない。

 共同親権になっても面会交流の推進や養育費確保の保証はない。それどころか制度の立て付け次第では扶養控除や手当がなくなり、余計生活苦になるかもしれない。民法改正では人の行動は変わらない。子どもと親のサポートや社会保障の仕組み、家裁の体制を強化するのが先ではないか。

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