両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

令和3年7月31日、SAKISIRU

“子供の連れ去り問題”ハンスト現場に、マクロン仏大統領のブレーン現る

西牟田 靖 ノンフィクション作家/フリーライター

7月23日正午すぎ、千駄ヶ谷駅を再訪した。これまでと違って、駅前広場は足の踏み場もないほどの人でごった返していた。スマートフォンを手に皆が同じ方向を見上げ、ブルーインパルスが青空に五輪を描く様子に夢中になっていた。そんな中、フランス人、ヴィンセント・フィショさん(39歳)は、これまでと同様にキャンプ用の薄いマットに座り、視線を下に向けて座っていた。
目まいでもしているのか、時々目を閉じている。体力の限界かもしれない。

人は飲食をしなければ死ぬ。何も飲まないと3日間で、水分を補給していても1か月が限界だろう。真夏の酷暑下で肌はかさつき、体つきもひとまわり小さくなっているように見えた。「医師のすすめにより、塩分とビタミン剤を服用するようになった」(支援事務局スタッフ)とはいえ、人の身体はそう長く持つものではない。
今年3月、法務省は法制審議会で、共同親権の導入についての議論をはじめたが、改正には時間がかかる。ハンスト中にどう考えても間に合わない。かといってハンストという手段を選ぼうとする彼の気持ちをむげにしてまで、行動を中止するよう、説得することはできない。

ブルーインパルスの飛行にどよめく中、私はヴィンセントさんの命がけの行動に対し、なにも力になれないことの無力感に苛まれた。日本の制度が遅れているからこそ、彼の苦労に対して、申し訳ない気でいっぱいになった。
ハンストの目的は、次の通り。

  • 2人の子どもたちを取り戻す
  • 日本政府や裁判所に法の支配を求める
  • フランス政府が日本政府に対し、問題解決をはかるよう促す
  • フランス政府が彼の子どもたちを保護するなどの行動をとる

報道によると、23日正午の時点でマクロン大統領はすでに日本に到着し、40時間滞在するという。オリンピック開会式が始まる午後8時までの間、あるいは菅首相と会談する24日午前11時前。そのどちらかのタイミングで、ヴィンセントさんの元を訪れるかもしれない。

仏大使が大統領の右腕と訪問

午後2時すぎ、フランス高官と思われるスーツやドレス姿の男女5~6人が現場に現れた。ヴィンセントさんは力を振り絞って立ちあがり、熱っぽく語り始めた。在外議員のコンシニ・ティエリ氏によると、フィリップ・セトン駐日フランス大使、エマニュエル・ボンヌ外交顧問、アリス・ルフォ副外交顧問。外交顧問とは、マクロン大統領の右腕だという。
マクロン大統領訪問の下見なのか、あるいは代理訪問なのか。詳しくは分からなかったが、フランス政府が問題解決を真剣に考えていることは伝わった。
翌24日朝、私はマクロン大統領の訪問を待った。前日とは一転して、駅前は閑散としていた。
日仏首脳会談では、親権問題についてマクロン大統領が取り上げることが予定されていた。会談直前に数分でも立ち寄って彼を見舞い、その上で会談に臨むかもしれないと考えた。

しかし、会談開始10分前の10時50分になっても大統領は現れなかった。
ヴィンセントさんは諦めたのか。支援者に抱きかかえられるようにして立ちあがり、支えられ、100メートルあまり先にある公衆トイレへとむかっていった。トイレが終わり、戻ってくると、彼はキャンプマットに横になり、目を閉じて眠り始めた――。
報道によると、会談では国際結婚が破綻した後に起きる子どもの親権問題についても話し合い、共同声明で「子の利益を最優先として対話を強化する」と盛り込んだ。


7月30日午後2時ごろ、ヴィンセントさんのハンストは中断された。21日目のことだった。理由はドクターストップ。数日前に転倒して手を骨折し、手術のため入院が必要となったのだ。ハンスト開始前に比べて体重は約15キロ減少した。
今後、日本政府が「子供の連れ去り問題」にどこまで取り組むのかは、分からない。日本政府は、親子の別れにいつまで見て見ぬ振りを続けるのだろうか。(連載おわり)

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