令和3年6月9日、NHK
パパとママ どっちがいい?
20万8496組…離婚した夫婦の数(2019年)
20万5972人…親の離婚を経験した未成年の子どもの数(2019年)
夫婦の3組に1組が離婚する時代。今、離婚に際し、子どもをめぐって夫婦が争うケースが増えている。背景には社会情勢の変化があるとされ、国の法制審議会でも「親権」について議論が始まることになった。
離婚する夫婦の間で何が起きているのか。当事者の声に耳を傾け、実情を取材した。
(社会部記者 長井孝太、山田宏茂)
ある夫婦のケース
都内に住む40代の会社員の自宅。「家族でのびのび暮らし、ゆくゆくは夫婦のついの住みかに」とローンを組んで買った住宅のリビングは静まり返り、隅には子どものおもちゃが並ぶ。
妻と共働きで家計を支えながら、結婚3年後に長男を授かった。育児や家事を2人で分担することに喜びを感じていた男性。近くに住む両親も育児に協力してくれ、長男を預けて妻と出かけることもあったという。
「こんな状況になるなんて想像もしていませんでした」
男性によると、きっかけは、おととしの口論。子育てや家計のことで意見が食い違ったという。
「いずれ帰ってくるだろう」
妻と幼い長男は、男性も納得のうえで自宅を離れた。しかし、音信不通に。男性は「1か月後、妻の母親から『娘が離婚を望んでいる』と伝えられた」と話す。
長男との再会は別居から3か月余り後。長男の好きな電車を2人で見に行った。「このまま長男を連れ帰ってしまいたい」。そんな考えも浮かんだが思いとどまった。
その後、月2回の面会などを定めた調停が成立したが、去年夏、面会を終えて妻に長男を引き渡す場面でトラブルが起きたという。
男性によると、調停で取り決めた内容に反するとして妻側が審判を申し立て、妻が長男を育てることが認められたという。
男性は今、これを不服として再び裁判所で争う手続きを取っている。「最良の養育環境は私と暮らすこと。親権を取りたい」と話す。
増える子どもをめぐる争い
近年、離婚に際し、子どもをめぐって夫婦が争うケースが増えている。司法統計によると、「子の引き渡し」を求めて家庭裁判所に申し立てが行われるケースは年々増加。去年は4000件と15年前に比べ約3倍に達した。
また、別居中などに子どもと一緒に住んで世話や教育をする「監護者」になることを求める申し立ては去年、5000件に上った。これは15年前の3.3倍で、このほかにも養育費や子どもとの面会をめぐる争いも増えている。
子どもの数は減っているのに申し立ての件数が増えているのはなぜか。専門家は、社会情勢の変化と密接に関係していると分析する。
「共働きが一般化し、男性の育児参加や経済的に自立した女性が増えたことで、離婚後も子育てを望む人が多くなった。少子化によって子どもへの愛着が強まっていることも、争いが激しくなる背景にある」。こう指摘するのは、家族法が専門の早稲田大学法学学術院の棚村政行教授。
また、家族心理学が専門の東京国際大学の小田切紀子教授は「高齢化が進み、祖父母自身が離婚をめぐる話し合いに参加するケースが見られる。少子化に伴い、祖父母の孫への愛着も一層強まっており、3世代を巻き込んだ争いに発展している」と話す。
「親権」って?
「親権」とは、未成年の子どもの身の回りの世話や教育、財産の管理などのために、父母に認められた義務及び権利の総称。
日本では、夫婦は共に親権を持つが、離婚後はどちらか一方が親権者になる「単独親権」制度が採用されている。
親権者を決めることが離婚の実質的要件になっており、話し合いでまとまらない場合は調停や審判を通じて決めることになる。
明治期に民法の法体系が確立した日本。家父長制の影響で戦前は父親だけが親権を持っていたが、戦後、母親にも認められた。
厚生労働省の統計によると、母親が親権者になった割合は、戦後間もない1950年は40%だった。しかし、60年代半ばに父母が逆転。親権者が母親である割合は84%(2019年時点)に達している。
国も議論始める
海外ではどうなのか。去年、法務省が公表した調査では、日本以外の主要20か国(G20)を含む24か国のうち22か国が、離婚後も父母の双方が親権を持つ「共同親権」制度を採用。
「単独親権」制度だけを採るのはインドとトルコの2か国だった。
ことし2月、「単独親権の規定は法の下の平等を定めた憲法に違反する」と、親権を失った父親が国を訴えた裁判で、東京地裁は「単独親権は、別居後の父と母が養育に関して適切に合意できず、子の利益を損なうことを避けるための規定で、合理的だ。離婚した父と母が共同で親権を持つことを認めるかどうかは国会の裁量に委ねるべきだ」と指摘。「合憲」との判断を示している。
一方、社会情勢の変化を受け、ことし3月、国の法制審議会は、離婚後の親権のあり方など、子どもの養育をめぐる課題の解消に向けた議論をスタートさせた。
同審議会の家族法制部会は、裁判官や心理学の専門家ら20人余りを委員に選出。4月に開かれた第2回会合では、離婚を経験した人などからヒアリングを行った。
今後、共同親権の導入の是非も含め幅広い議論が行われることになっている。
“共同親権”の導入を主張する人たちは
子どもと別れて暮らす親たちでつくる団体「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」の武田典久代表は、共同親権の導入を訴えている。
武田代表
「親権を失った親は、親権を持つ方の言うことに従う形となり、子どもとの面会も制限される。私たちは月1回、2時間、近所の公園で遊ぶだけの親戚のおじさんみたいになりたいわけじゃないんです。うれしいことも悲しいことも含めて育ちに関わりたい。それが親の役割ですから」
武田代表は「単独親権制度の下、親権をめぐる争いが激しくなった結果、一方の親による“子どもの連れ去り”が多発している」と主張する。
最近は、父親だけでなく、母親からの相談も急増していて、母親の会員数も3年前の3倍に上っているという。
「実際に子どもと一緒にいる親の方が親権を取りやすい傾向があるため、“子を連れ去ったらお父さんでも親権を取れる”とネット上で流布されているのも大きい」。武田代表はこう分析している。
裁判所の親権の決め方にも武田代表は注文をつける。
武田代表
「それまで誰が主に子育てを担っていたかは考慮されず、“連れ去り”の追認のような判断が機械的に行われている。単独親権が生み出す『離婚は親子の別れ』という日本の文化を変えるために共同親権が必要だ」
“単独親権”の維持を主張する人たちは
一方、単独親権制度の維持を求める声も根強い。
共同親権下で対立が続けば、子どもが不安定な状況に置かれるうえ、進学や医療など子どもに関する重要な決定のたびに争いが起こる、という立場だ。
そればかりではない。母子家庭を支援するNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子理事長は、DVや虐待行為への懸念から共同親権の導入に強く反対している。
団体によると、相談を受けたシングルマザーの中には「夫に伝えず子どもを連れて家を出た」と話す人もいて、このうち「夫に伝えれば暴力や精神的暴力などを振るわれると思った」と訴える人が目立ったという。
赤石理事長
「離婚後に、子どもが望み、父母両方と安全な環境で会えるのであれば、それがいい。ただ、共同親権を認めると、相手がDVの加害者でも縁を切れず、被害が継続するおそれがある。争いが続くなか被害が激化する危険性もある」
母親が父親の同意なく子どもと家を出ることについても、次のように主張する。
赤石理事長
「それは“連れ去り”ではなく、子連れ別居という避難です。夫から暴力やハラスメントを受けた妻が、子どもや自分の命を守るために緊急的に身を潜めた結果で、共同親権について議論を進めることは大きな揺り戻しに見える」
“単独か共同か”専門家も意見分かれる
専門家はどう見ているのか。家族法に詳しい立命館大学の二宮周平教授は、1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」に「子はできる限り父母両方の養育を受ける権利がある」と明記されていることに着目する。
二宮教授
「子どもの権利条約は日本も1994年に批准しており、子の権利の保障を最優先に考えるなら、原則、共同親権が望ましい。共同親権を選択できれば、今のように父母が親権を激しく争って勝ち負けを決める場がなくなり、離婚後の子どもの生活をどう支えるか話し合う場に発想を転換できる。国際化に対応した基準を尊重して法制を作り上げるべきだ」
共同親権の導入でDV被害が続くことを懸念する声については、こう話す。
二宮教授
「DVはDVの問題として対応し、親権の問題はあくまで『子どもの利益は何か』という観点で考えるべき。共同親権を採用している国でも、DVや虐待があれば例外として単独親権とする制度が大半だ。日本は、DV被害者の保護や、加害者の矯正・治療プログラムの整備が不十分で、親権の問題とは切り離して制度設計する必要がある」
一方、欧米の家族法制に詳しい大阪経済法科大学の小川富之教授は、海外の先例を教訓に、「日本は四半世紀前に欧米が大失敗し見直してきていることに取り組もうとしている」と警鐘を鳴らし、「現在の単独親権で十分対応できる」と主張する。
例えば、2006年の法改正をきっかけに、離婚後も父母による均等な養育の権利を明記したオーストラリアは、その間に養育の分担をめぐって父母の対立が激化し、子どもの命が奪われる事件にまで発展。
その後、2011年に「共同監護(養育)」より子の安全を優先することを明記する改正が行われた。
小川教授
「現在の日本では協議離婚が88%を占め、争いなく離婚が成立している。親権に固執した議論をするのではなく、諸外国の先例も踏まえ、日本の家族事情に合った子どもの養育環境の整備や、父母の対立が続く場合の国の支援制度の充実を優先すべきだ」
子どもたちの本音は
親の離婚に巻き込まれる子どもたちの本音はどこにあるのか。
法務省は、ことし3月、未成年時に親の別居・離婚を経験した20代~30代の男女1000人を対象にした調査結果を公表した。
それによると、別居前に父母の不仲を「知っていた」「うすうす感じていた」と答えたのは合わせて80.8%に上った。
父母が別居した当時の気持ちを尋ねると、
「悲しかった」が37.4%、
「ショックだった」が29.9%を占めたが、
「ホッとした」(14.3%)、
「状況が変わるのがうれしかった」(11%)と感じた子もいて、
子どもたちの受け止めは決して単純ではない。
では、子どもたちは別居時に自分の考えや本心を伝えることができたのだろうか。
法務省の調査では21.5%が「伝えたいことはあったが、伝えられなかった」と回答した。
自身も両親の離婚を経験し、同じような境遇の子どもたちの支援を続けているNPO法人「ウィーズ」の光本歩 理事長は「子どもの声が置き去りにされている」と指摘する。
光本理事長
法務省は、この調査で「今後、離婚または別居を経験する子どもに望む支援は何か」についても尋ねている。
44.3%が「精神面や健康面をチェックする制度」と答え、42.9%が「身近な相談窓口の設置」、37.4%が「子どもの権利を尊重する法律の整備」と回答した。これらの支援が現在、不十分であることを示している。
議論が始まった国の法制審議会に対して、光本理事長はこう指摘する。
光本理事長
「相談場所や経済支援に関する情報提供など、子どもへの直接の支援を同時に検討すべきだ。子どもが求める支援の形は1人1人異なるので、さまざまな視点で子どもの思いを知ることが大切。大人の意識が変わらないと、子どもが真に望む親子の形は実現しない」
子ども目線の議論を
時代の変化とともに「子どもの人権を重んじるべきだ」という声は大きくなっている。今回の取材を通して、「親権」の問題も“子ども目線”で考えていかねばならないのではという多くの声を聞いた。
ことし2月、民法の家族法制の見直しを議論していた有識者らの研究会は、「親権」を別の用語に置き換えるよう提案し、候補として「(親の)責務」や「責任」を挙げた。
親権の性質を、一方的な権利ではなく“親が子に対し負っているもの”と強調する狙いがある。結論は国の法制審に委ねられた形だが、民法の「親権」という用語が消える日が来るかもしれない。
そのあり方をめぐり大きく意見が分かれる「親権」の問題。名称も含め、どのようなものと位置づけていくのか。子どもにとってあるべき姿とは何か。社会の変容に適した答えを導き出すのは、まさに親世代の「責務」だ。
今後の法制審でも、支援の充実を含め、子どもの存在を真ん中に置いた議論を期待したい。
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