令和元年7月7日、中日新聞
「共同親権」の展望(上)迷走する議論 早川昌幸(新城通信局)
離婚したことで、わが子と会えない親が「面会交流」を求め、家庭裁判所に調停や審判を申し立てる件数が、増加の一途をたどっている。日本は離婚後、両親のどちらかが子どもの親権者となる、先進国で数少ない「単独親権」制度。子どもの利益を優先する観点で「共同親権」制度を立法化する動きはあるが、なかなか進まない。
妻による子の「連れ去り」の当事者で、「共同親権」実現を目指す市民団体「チルドレン・ファースト」の会社員の男性(53)は「一番の被害者は子ども。これまでの議論には“子ども目線”が欠けていた」と訴える。「会えないことで愛情を受けられないと情緒が安定せず、その子どもだけでなく、次の世代にも負の連鎖をもたらしかねない」と、他のメンバーと警鐘を鳴らし続けてきた。
◆「単独親権」は少数派
東アジアの中で、現時点で単独親権を規定し、父母双方でケアする共同親権を選択できないのは、モンゴル、北朝鮮、日本の三カ国だけ。今年は、親子不分離などを定めた国連の「子どもの権利条約」が生まれて三十年、日本が批准して二十五年の節目。結婚の破綻で子どもを国外へ連れ去った場合のルールを定めた「ハーグ条約」を、日本は二〇一三年にようやく批准し、関連法も翌年から施行されたが、共同親権の導入はいまだに実現していない。
今年二月に国連から再度、法改正を勧告され、昨年三月には欧州連合(EU)の二十六カ国からも書面で抗議を受けた。海外メディアは、片方の親による子の「連れ去り」や「引き離し」に対し、「日本は拉致大国」と報道してきた。馳浩衆院議員(自民)らを中心とする超党派の国会議員連盟が共同親権の立法化を目指してきたが「親子断絶防止法案」「共同養育支援法案」など、法案の名称の段階で迷走し、法制化のめどが立っていない。
家裁で子どもとの面会が取り決められたのに、回数が制限されたり、守られなかったりするケースは多いが、法的な罰則はない。別居する子どもが面会を拒むケースも少なくない。
愛知県三河地方で和食店を営む男性(40)は、家裁の調停員に「面会は月一回程度。会い方は双方で話し合って」と促された。ところが、現在は中学二年の長女と小学二年の長男に会えたのは、入学式直後の一回だけ。元妻の言い分は「二人とも新生活が始まったばかりなので、そっとしておいて」だった。養育費を支払い、連絡を取りたいと長女にスマートフォンを買い与えたが発信に全く出ず、会員制交流サイト(SNS)はブロックされた。
子どもが同居して世話をする親の影響を受けて顔色をうかがい、片方の別居親との交流を拒絶する状態を「片親疎外」という。正当な理由なく、片方の別居親との交流を拒絶するケースもこれと同じだ。児童心理学の専門家は「子どもの思いへの共感力の欠如から、親が子どもを自分の思いで支配し、服従させてしまう行為で、心理的虐待に該当する」と指摘する。
子ども自身の考えのように見える面会拒否も、実際には同居親に気を使っていることも少なくない。「月一回だけでも会って元気であることを確かめたいし、店の料理を食べさせたい。とにかく親権が欲しい」。男性だけでなく、子の祖父母らも面会を望んでいるという。
法務省は、安倍晋三首相の指示を受け、共同親権の導入可否の検討に入った。依然として異論も根強いが、外務省を通じて七月末までに二十四カ国の制度を調査し、問題点を整理する。
二月の衆院予算委員会での論戦で、安倍首相は「もっともだという気もする。子どもはお父さん、お母さんに会いたい気持ちだろうと理解できる」と述べた。首相としては初めての見解。その談話を引き出した串田誠一議員(日本維新の会)は「超党派連盟は全く応援してくれなかったが、ターニングポイント(転換点)になる」と確信する。
◆面会交流で元気戻る
長年、夫婦でこの問題に取り組んできた棚瀬孝雄弁護士(75)は、五年前に七十一歳で他界した臨床心理士の妻一代さんが「ほとんどの子は離婚してほしくなかったと思う。別れて住む親への思慕の念を抱き続けている」と語った言葉を心に刻む。一代さんは、東京・新宿に開設したカウンセリングルームで、悲しみと無力感にうちひしがれていた子どもが、面会と面接を組み合わせるセラピーで元気になり、子どもらしさを取り戻していく様子を見守った。
家族法の専門家は「別居後の継続的な面会交流が子どものために必要という認識を社会が共有し、面会実現を義務付けるルールが求められる」と話す。もともと他人同士である夫婦の問題と、血のつながった親子の問題は切り離して考えなければいけないのは、当然のことだ。子どもの将来を最優先にした社会に一日も早く、と願う。
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