平成28年7月2日、東洋経済オンライン
離婚後の「子の幸せ」を"第三者"に頼る親たち 「面会交流」の現場がいま、様変わりしている
離婚や別居により、離れて暮らすことになった親と子が、直接対面してふれあう「面会交流」が注目を集めています。離婚率の増加や少子化の影響で、面会交流そのもののニーズが高まっているだけでなく、第三者機関が支援や仲介に入って行う、新しい形の面会交流が急速に広がっているからです。
今回は、そんな面会交流の現場に立ち会わせてもらい、当事者や彼らを支援するNPO法人の方にお話を聞きました。
各人の働き方や家族の形が多様化することで「幸せの形」もひとつではなくなっている昨今。そんな中で「子どもにとっての本当の幸せ」を考えることの難しさと、重要性が浮かび上がって来ました。
6月のある日。雨が降りしきる東京郊外の屋内施設。
まだあどけない表情のDくん(7)が、NPO職員に手を引かれてやって来ました。続いて現れたのは、スーツ姿の男性・Tさん(38)。Dくんの顔を見るなり「D! 元気だったか!」と、嬉しそうです。Dくんも「お父さん!」と駆け寄って、Tさんの腕にぶら下がりました。
Tさんは「風邪ひいてないか?」などと話しかけ、のどが渇いたと言うDくんにジュースを買ってあげます。片時も離れずにじゃれ合う2人。しかし45分が経過すると、別れの時間です。TさんはDくんに「また8月ね。お父さん、仕事に行くね」と手を振って、去って行きました。Dくんも名残惜しそうに手を振ります。
■2カ月に1回半休をとり、45分間だけわが子と過ごす
TさんとDくんは血のつながった父子ですが、今は家族ではありません。TさんのDVが原因で、妻のAさん(35)と離婚。当時2歳だったDくんは、Aさんに引き取られました。
以来5年間、TさんはNPO法人「ウィーズ」の支援を受け、このような「面会交流」を続けています。2カ月に1回半休をとり、45分間だけ、公園などでDくんと触れ合うのです。
この日の面会交流を終え、Tさんは言いました。
「離婚してからも、息子に『お父さんはいるよ』『お父さんはいつも見ているよ』ということをわかってほしいんです。そして自分自身も、定期的に面会することで、父親であることを自覚したい。ですから、このような支援はありがたいです」
Tさんが立ち去った後、元妻のAさんがDくんを迎えに来ました。Aさんには暴力を振るわれた記憶が残っているので、面会交流時も決してTさんと顔を合わせないようにしています。
「今でも子どもを会わせるのは怖いし、とても不安です。正直、ジュースを買ってもらうのもイヤというのが本音です。面会中に連れ去られたらどうしよう、とも思います。でもそこに仲介の支援者が入ることで、安心できます。当事者同士だと、待ち合わせをどうしようとか、遅れたらどうするとか、やり取りするのもイヤだし、苦痛ですから」
■面会交流は「子どもが親を知って安心する」機会
この日、TさんとDくんの面会交流を仲介し、立ち会ったのは「ウィーズ」副理事長の光本歩(みつもと・あゆみ)さん。子どもが親に「直接会う」ことの重要性をこんなふうに説明します。
「子どもは、圧倒的に同居する親の影響を受けて育ちます。同居する母親から『あなたのお父さんはひどい人だ』と言われれば、子どもはそれを信じてしまうものです。しかし、直接、別居する父親に会うことができれば、一方的な視点のフィルターを通さずに、自分の親がどういう人なのかを知ることができます。面会交流は『親が子どもの成長を見る』ためだけではなく、子どもが『親を見て理解する』『親を知って安心する』ためのものでもあるのです」(光本さん)
確かに、DくんはTさんに、全身でぶつかっていくようにして遊んでいました。Tさんを知りたい、理解したいと思っていたようにも見えました。そのようなDくんを受け止めることで、Tさん自身もまた、父親としての成長を止めないでいられるのかもしれません。
「ウィーズ」ではここ数年「面会交流を仲介してほしい」という依頼が急増しています。昨年比で見ても、依頼は実に2・4倍に膨らみました。
「面会交流」そのものは、特段新しい概念ではありません。両親が離婚した子どもが、離れて暮らす親と会って1日を過ごす。身近にはなくても、映画やドラマなどで目にするシーンです。かつては両親同士が直接連絡を取って話し合い、面会交流を実現していたはずですが、今「ウィーズ」のような第三者機関の需要が高まっているのは、なぜなのでしょうか。
家族間の紛争や男女問題に詳しい専門家で、ともえ法律事務所の寺林智栄弁護士は「子と別居しても子に会いたいという親が増えた一方で、当事者間で円滑に面会交流のための協議をすることができないケースが増えている」と指摘します。
「背景としてよく言われているのは、少子化や夫の育児参加です。一人っ子であれば、そこに対し妻も夫も愛情を注ぐことになるので、それだけ双方とも子と離れがたくなります。すると、面会交流の条件で折り合いがつきにくくなるのです」(寺林弁護士)
また、寺林弁護士は「あくまでも私の推測ですが」と前置きしたうえで、次のようにも語ります。
「女性の社会的な地位が向上したことに伴って、妻が夫に対して我慢しなくなったということもあげられるのではないかと思います。子どもが会うのは仕方ないにしても『なんであんな男と私が、今さら会わなきゃならないの』と言える風潮が、日本でも出てきたのではないでしょうか。
これに加え、核家族化も影響していると思います。夫婦が子の受け渡しなどを行えない場合に、双方の両親(子にとっては祖父母)がこれを補えればいいのですが、高齢であったり遠方に住んでいたりなどの事情で、協力を得にくいということが考えられます」
■かかわる大人の数が増えるほど、面会交流は難航する
一方で、現在子育てをしている親世代に問題が起きた時に、その親たち(子供にとっては祖父母)が、過度に「口出し」「干渉」をすることで、余計に問題を複雑化させる場合もあります。「ウィーズ」の羽賀晃理事長も、実際「かかわる大人の数が増えれば増えるほど、面会交流は難航する」という実感があるそうです。
「そもそも夫婦は、激しい葛藤の末に離婚しており、面会交流についての調停が成立してもきちんと履行されないケースや、養育費の未払いにより面会交流が実現しないケース、男女間の葛藤がそのまま親としての葛藤に直結しているケースなど、さまざまです」(羽賀理事長)
最近では、当事者間での面会交流の調整が困難と思われるケースについて、裁判所が、第三者機関の利用を検討するよう促すパターンも出てきているのだそう。そんなわけで、面会交流をとりまく環境、面会交流の形態が、このところ激変しているのです。
「離婚した親が、面会交流を求める調停の申し立ては2013年に1万件を超え、この10年間で約2.5~3倍に達しています。ひと昔前に比べれば、別居している親がより積極的にわが子に会うための行動を起こしているということだと思います」(羽賀理事長)
もう一つ、面会交流の法律上の根拠になっている「民法第766条」が2011年に改正されたことも、大きな変化だったと指摘します。
民法第766条
〈改正前〉
1. 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。
2. 子の利益のため必要があると認めるときは家庭裁判所は子の監護をすべき者を変更し、その他監護について相当な処分を命ずることができる。
3. 前二項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更は生じない。
〈改正後〉
1. 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2. 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3. 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
4. 前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。
「これにより、子どもの成長に両親が関わることが『子の利益』や『子の健全な成長』に欠かせない、という社会的意識ができあがったことも大きな変化と言えるでしょう」(羽賀理事長)
■状況が変わっても、子どもたちが苦しいのは変わらない
ただし注意すべきなのは、面会交流を巡る「大人にとっての事情」は変化しても、子どもにとっては必ずしもそうではない、という点です。羽賀理事長は言います。「やってくる子どもたちの様子は、数年前と比べてそう変化はありません。結局、両親の争いに挟まれて苦しんでいるのは、いつの時代の子どもたちも同じなのです」。
第三者が支援、仲介する面会交流は、増加する離婚夫婦のニーズに応え、大きな役割を果たしていると言えそうです。離婚して子に会えない、子に会うための調整がうまくいかないという親にとっては、救世主のような仕組みではないでしょうか。
ただし、このような形の面会交流がすべてスムーズに行われているかというと、そうではありません。多くの困難や問題点、これからの課題も垣間見えます。次回は「楽しいだけじゃない面会交流」の現実について、「ウィーズ」で起きた実際の例をもとに、考えていきます。
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