平成26年7月27日、NHK
ハーグ条約適用 英で子どもの日本帰国命じる
世界的な人の移動や国際結婚の破たんの増加などで、子どもが一方の親によって国境を越えて連れ出されることが国際的に問題となっています。
これを解決するルールを定めた「ハーグ条約」を適用して、日本人の子どもを、イギリスの裁判所が日本に帰国させるよう命じたことが分かりました。
ことし4月にハーグ条約が日本で発効したあと、日本人の子どもの返還命令が明らかになったのは初めてです。
「ハーグ条約」は国際結婚が破たんするなどして、一方の親がもう一方の親の同意がないまま子どもを自分の母国など別の国に連れ出した場合、子どもを原則としてもともと住んでいた国に戻す手続きを国際的に定めたもので、日本はことし条約に加盟し4月に発効しました。
これまで日本人の子どもへのハーグ条約の適用が明らかになったケースはありませんでしたが、今月、母親と共にイギリスで暮らしている7歳の子どもについて、現地の裁判所が、日本に居る父親の申し立てを受け、日本に帰国させるよう母親に命じたことが分かりました。
父親の代理人の本多広高弁護士などによりますと、子どもの両親はともに日本人で離婚調停中ですが、ことしになって母親が仕事の都合でイギリスに移り住んだ際に子どもを連れて行き、父親の意向に反したまま現地で一緒に暮らしているということです。
これに対し父親はことし5月、イギリスの政府機関にハーグ条約に基づく援助を申請したうえで、現地の裁判所に子どもの返還を求める申し立てを行いました。
これについてイギリスの裁判所は、母親からも聞き取りをするなどして審理してきましたが、今月22日、母親が子どもをイギリスに滞在させ続けていることがハーグ条約に違反すると判断して、子どもを今月30日までに日本に帰国させるよう命じました。
母親は子どもを帰国させる意向だということで、今後、日本の司法の場で、どちらの親と暮らすのかなど改めて子どもの養育環境が決められるとみられます。
裁判所の判断と命令
イギリスの裁判所は、母親が子どもをイギリスに連れて行ってからおよそ1か月が経ったことし5月以降も現地に滞在させ続けていることが、ハーグ条約が禁止している元の国に戻ることを妨げる行為に当たると判断しました。
命令では、帰国するまでの間、母親と子どもがイギリス国外に出ることを禁止しているほか、帰国の際に子どもの付き添いは母親ではなく親族とすることなども決めています。
父親「とても喜んでいる」
ハーグ条約に基づく返還命令について、父親の代理人の本多広高弁護士は「子どもをもともと居た場所に速やかに戻した状態で、どう生活させるべきか判断する道筋がはっきりしてきたという点で条約の意義は大きい」と評価しています。
そして父親の受け止めについて「ハーグ条約がなければ片方の親の考えだけで子どもの育て方が決められてしまっていたので、とても喜んでいる」と話しています。
母親「外国生活は子どもも喜んでいた」
一方、母親は関係者を通じて「イギリスに行ったのはあくまで一時的なもので、裁判所の決定がなくても7月末には子どもを帰国させることが確定していた。外国の生活は教育のためにも望ましいと考えていて、子どもも喜んでいた」と説明しています。
そのうえで「父親にはこれまでも話し合いを求めたが実質的な内容にはならなかった。父親がハーグ条約を利用したのは今後、子どもの親権を得るのに有利だと思ったのではないか」と話しています。
ことし加盟したばかりの日本
「ハーグ条約」は、世界的な人の移動や国際結婚の増加に伴って、一方の親による国境を越えた子どもの連れ出しが問題となってきたため、国際的に解決するルールとして1980年に作成されました。
90余りの国が締結していますが、日本は長年、加盟していませんでした。
しかし日本人の国際結婚が、2005年には年間4万件を超え、外国で離婚し生活している日本人が日本がハーグ条約に加盟していないことを理由に、子どもと一緒に一時帰国できなかったり、もう一方の親に、無断で日本に子どもを連れ帰った日本人が、相手の国から誘拐などの容疑で国際手配されるような問題が、目立つようになってきました。
こうした事態を受け日本は、ことしハーグ条約に加盟し、4月1日に発効しました。
政府機関が支援 条約の仕組み
ハーグ条約の加盟国の間で、一方の親が、子どもをもともと住んでいた国から自分の母国など別の国に連れ出した場合、もう一方の親が連れ戻したいと希望すれば、現在、子どもがいる国は、「中央当局」と呼ばれる政府機関が、子どもの居場所を探したり、連れ出した親と交渉したりするなどの援助をします。
日本では、外務省が「中央当局」に指定されています。
こうした援助の下でも解決しない場合には、その国の裁判所が原則として子どもを、もともと住んでいた国に戻すよう連れ出した親に命令を出します。
原則として元の国に戻すのは、一方の親に国境を越えて連れ出された子どもは、異なる言語や文化など生活環境が急変するうえ、もう一方の親との交流が断絶されるなど悪影響が大きく、いったんは元の状態に戻したうえで、その国の司法手続きに沿って、子どもの養育環境を判断するのが望ましいと考えられているからです。
しかし元の国に戻すと、かえって子どもに悪影響を及ぼすケースがあるとの指摘も出ています。
子ども守れるか 期待と懸念
条約の効果には期待する声がある一方で、懸念する意見も出ています。
条約への加盟により、日本から外国に子どもを連れ出された親は、相手国の政府機関から、子どもの居場所を探してもらうことや現地の裁判所に子どもを帰国させるよう命令を出してもらうことが出来るようになりました。
言葉や法律など不慣れな国に連れ出され子どもと二度と会えないと思っていた親からは、自分の元に連れ戻せるようになると期待する声が出ています。
その一方で、外国で生活していた日本人の親が相手からのDV=ドメスティックバイオレンスや子どもへの虐待などを理由にやむをえず日本に子どもを連れて戻ったようなケースでは、懸念する意見も出ています。
ハーグ条約には「子どもの心や身体に悪影響を与える重大な危険がある場合は帰国させないことができる」という例外規程が設けられています。
しかし、専門家などからは、どの程度の危険で帰国を拒めるのかがあいまいなうえ、DVや虐待の証明は難しい場合もあり、結果的にハーグ条約が子どもを守ることにつながらないのではないかとの指摘が出ています。
専門家「子どもの心のサポートを」
実際に日本人の子どもが適用されるケースが出たことについて、子どもの心理に詳しい東京国際大学の小田切紀子教授は「子どもは、きょうの生活が明日も同じように続くと思って生きている。今までの生活環境から離れたあとに返還命令によって、また元の場所に戻されるというのは幾重にも親しんだものを失なう心理状況になり、ダメージが大きい。子どもの多くはその気持ちをことばにしていくことが難しいので、気持ちを多面的に理解してサポートすることが求められる」と指摘しています。