両親の愛情が子どもの健全な成長に不可欠であるとの認識のもと、子どもの連れ去り別居、その後の引き離しによる親子の断絶を防止し、子の最善の利益が実現される法制度の構築を目指します

平成28年1月30日、静岡新聞

「わが子」に会いたい~離婚と面会交流(3)同居の祖父母 かやの外

 親の共働きなどで「孫育て」に関わる祖父母は増えているが、面会交流の当事者は父母であるため、祖父母は家族として暮らしていても「非当事者」にされてしまう。静岡県西部の康子さん=60代、仮名=は一緒に暮らしていた初孫の男児(7)と1年半、会えずにいる。息子と離婚訴訟中の妻が、孫を連れていったためだ。
 病院で初めて抱いた瞬間からとりこになった。豪快な笑い方が愛らしく「笑い袋!」とからかった。しかし、息子夫婦の仲が険悪になるにつれ、孫は妻の前で康子さんを無視するようになった。孫は「ばばあ」とののしった夜、妻が出掛けると突然、部屋に遊びに来た。何げない会話に無邪気に笑う孫を見て、「大人に振り回されてかわいそう」と感じた。
 ある日、妻は荷物をまとめて実家に帰った。「ママ、なんで」。残されて泣く孫をなだめながら、いつかこの子もいなくなるのでは―と不安にかられ、「離れたら、二度と会えなくなる」と言い聞かせた。孫が時折寂しげな表情を見せるのが気になったが、康子さんには、妻の存在をうかがわずに、孫といつでも笑い合える夢のような日々だった。
 1カ月後、離別の時は突然やって来た。2人が散歩していた時、路上にふいに車が止まり、中から妻が出てきた。連れ出す機会をうかがっていたと感じた。康子さんは孫を抱きしめて抵抗したが、妻は引き離し、「走れ!」と叫んだ。久々に母の顔を見てうれしかったのだろう、孫は車の方へ走って行ってしまった。数日後、妻は離婚調停を申し立てた。
 孫との面会交流が法的に認められた調停は1977年にさかのぼる。この時は祖父母が不在の親にかわって一定期間、孫を育てていたという特別な事情があった。民法は面会交流を「父母間」の協議事項とするため、康子さんのような一般的な祖父母には、夫婦の争いが決着して初めて、「子どもと孫の面会に同伴する」という形でチャンスがくる。しかし、それも親権者の意向が影響するため、会えるかどうかは分からない。
 息子夫婦の調停は長期化した末に決裂し、訴訟に移行した。部屋には孫が書いた「パパの似顔絵」が張られ、食卓に子ども用の椅子、玄関には小さな自転車が置かれたまま。家は時が止まったかのようだ。「息子のつらさ、孫への思いと二重の苦しみを味わっている」と康子さんは語る。
 弁護士の尽力で面会が実現し、息子は1年ぶりに孫と会えることになった。「これでお手紙を書いてね」と息子に託そうと、前日、康子さんは文具店でプレゼント用のレターセットを探した。孫が好みそうな新幹線のイラストを見つけたが、「妻の気分を害したら、息子の次の面会がなくなるかも」と思い、数時間迷った末に諦めた。
 息子は、少し成長した孫の写真を撮ってきた。携帯電話の待ち受け画面にして、毎朝「おはよう」と声を掛ける。「近所の友達は皆、そんなこともせず、孫の話題に花を咲かせている」。毎晩、康子さんは風呂の中でだけ涙を流す。

 <メモ>離婚などで別居する離別親が2008年に発足させた全国組織「親子ネット」に加盟している祖父母らが09年12月、祖父母の会を結成した。「孫を愛するのは自然な感情だ」「愛してくれる人が多いほど、子どもの利益になるはず」などとして、国会議員への要望を続けている。海外ではフランスなどで、祖父母の面会交流を法的に認めている。

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